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1月・おまけ
俺たちの仕事・後編
しおりを挟む車で5分、なんとか降り出す前に到着した2人は早々と屋根の下まで冷蔵庫を運び込んだ。
今まで使用していた冷蔵庫にはリサイクル券を貼って、梱包材のエアパッキンを傘のように被せてトラックへ台車で輸送する。
「あー、降ってきた…ギリやったな、ふぅ」
「おい高石、微糖と無糖、どっちにする?」
客から土産に貰ったのはペットボトルのコーヒー飲料、トイレもなかなか行けないため、蓋ができて飲み切れるサイズなのがありがたかった。
「俺、無糖がええな」
「ほなワシ微糖な、ほい」
「うん…開けて?俺、運転してるやん」
「人に物頼む態度ちゃうな…おらよ」
更にここから20分、走る間に千早は会社支給の携帯電話から配送先へ電話を掛ける。
「もしもし、ムラタの配送の者です、お世話になりますー。あの、今日15時から17時の間で伺う予定やったんですけど、もう少し早めに伺っても大丈夫ですか?……あー、ありがとうございます、ほなあと…15分くらいで着くと思いますんで、よろしくお願いしますー、失礼しますー………おし、巻いてくで」
あらかじめ2時間ほどの枠で在宅して貰うよう頼んでいるのだが、早めに進めば前倒しで巻くことも可能なのである。
「おし、次は…洗濯機の入れ替えな、あとはテレビや」
「楽勝やな」
細かい説明や同意事項は売り場で販売担当から行う、配送スタッフは全てに同意を頂いたものとして商品を運ぶ。
なので現場でイレギュラーが起これば売り場での聞き取り不足が原因、追加料金などに客の同意が貰えなければ撤退するだけである。
この後7軒目では事前情報に無かった大型テレビの2階への持ち上げ料金が追加発生した。
幸い、ゴネるような客ではなかったので2階上げ料金とアンテナケーブル代を現金で頂き、手書きの領収書の写しを発行して貴重品袋へ納める。
「まぁよくあるわな、人が来るんやったら持って上がって貰おうって思いつくねんな」
「模様替えな、分かるわ」
施したサービスに対価を貰えれば何も文句は無い、2人は僅かでも給料の上乗せになったと喜んで客宅を後にした。
・
本日最後の配送は49型のテレビの配送、そつなくこなして古いテレビにリサイクル券を貼り、回収してトラックでムラタへと戻る。
「あー、終わった…チカちゃんおるかな…」
「昨日会うてんねやろ?そないにか?」
「当たり前やんか…早よ、嫁に貰いたいくらいや…」
「ふーん……嫁なぁ…」
2人を乗せたトラックは敷地内のゴミ置き場へと向かい、梱包用の段ボールを倉庫へ投げ入れてさっさと空にした。
そして回収してきた廃家電も倉庫へ入れて、配送工事センターがあるホールへと入る。
「おぉ、チカちゃんや、挨拶して来よ♡」
「手早くなー…」
ホールの端の商品管理室で働く恋人の元へ千早は軽やかに足を進め、窓越しのささやかな会話を楽しんでいるようだった。
高石は伝票をセンターへ返して追加発生した分の伝票作成をスタッフへ頼みむ。
そして回収してきた料金と領収書の原本を確認してもらい翌日分の伝票を受け取る。
「明日も…何件?6件か……大型やからツーマンか……また千早か…」
明日の仕事も奴とペア、高石はため息を漏らして伝票を番地ごとに並べて時間帯の算段をつけた。
「おーし、悪いね…タカちゃん…さ、仕事や」
「チカちゃんに会えて元気なったんやな、良かったな」
長机に戻った千早に暖かい言葉を掛けて、高石はアポイントの電話を客宅へダイヤルしていく。
「よし、時間合わず無し…あと積み込んだら終わりや、」
「うぃい…あ、高石、姉さんや」
「え、ミーちゃん⁉︎」
振り返った先の売り場へ上がる階段の下、商品お渡し所には美月が大きめのホットプレートを台車に乗せて待機していた。
「ミーちゃん、手伝うよ」
疲れた心身に染み入る恋人の笑顔、高石は蜜に吸い寄せられる虫の様に彼女へと近付き目尻を下げる。
「あら、お疲れさま…いいわよ、これくらい。問題なく持てる…」
「ミーちゃんは、箸より重たい物は持たんでええのよ、俺に任しとき、な、」
「あ、来られたわ、じゃあお願いね…、トランクにしましょうか、はい、こちらにー、ありがとうございましたー!お気をつけてぇー」
千早と仕事はそっちのけで高石は美月をサポートし、にこやかに客の車を見送った。
「ふー…タカちゃん、お土産で良いお酒頂いたの。また…泊まりに来てね♡」
お渡し所のシャッターの昇降ボタンを押しながら美月がそんなことを言うものだから、高石もとびきりの笑顔で
「ほな今夜♡」
と答える。
・
明日の分の荷物を載せたトラックで自社事務所へ戻る、車内は土と汗と煙と男の匂いが充満する。
「千早、ミーちゃんは今日も可愛かったなぁ、思わんか?」
「べっぴんやったよ、分かりきったことを聞きなや」
「仕事終わりに彼女を見れるんは職場恋愛のキモよな、」
「俺はチカちゃん派やけどな」
2人はこれから事務所で活動の報告書を書いてから帰宅することになる。
そしてまた明日、同じような1日が始まって、終わって…代わり映えのしない日々にも潤いがあって、2人はなんだかんだで楽しみながら働いているのであった。
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