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1月・おまけ
俺たちの仕事・前編
しおりを挟む1月、自社事務所にて。
「おはようさん」
ご機嫌に入室した千早の声を聞いて、今日もタッグを組む高石は挨拶でもと思い振り返って言葉を失った。
「おー、おは……おい…どうしてん……まさか…」
一昨日まで鬱陶しくバサバサと靡いていた髪の毛がキレイさっぱり、首どころか頸が見えるほどに切り落とされているではないか。
自分たちの世代ではそんな事をすると決まって言われる言葉がある。
しかし簡単に口に出すものかと高石なりの配慮をしたのだが、そんな心配は無用だとばかりに千早から説明が入る。
「失恋ちゃうよ、チカちゃんに切って貰うてん」
「はぁ、そら……え?チカちゃん…散髪できんの?上手やね…」
高石はひとまず落ち着き、工具を交換する千早の髪をくるりと一周して確認して、
「こら…ええやんか、入社当時を思い出すわ…」
と呟いた。
「ひひっ、新人やのにいうてどつき回されとったな、お前は」
「若気の至りいうやつやな、うん…行こか。ほな、行って来ますわ」
肩のツボ押しに励む社長の背中へ2人は声を掛け、高石は配送車両の運転席へ乗り込み助手席の準備を待つ。
「うし、ええで。行こか」
「お前が指示すな……最初はテラ町な、冷蔵庫の入れ替えや」
「はいはい」
配送は近隣の地区を効率よく回れるように前日に順番を決めて、既にアポイントの電話を入れている。
今日は全部で8件、基本給とは別にこなした件数で数千円の報奨金が付くため、出来るだけ件数の多い元請けに配属されたがるのだが。
「怠いから」という理由で千早は長らく個人営業の電器屋へ出入りしてまったり働いていて、高石に見せられた知佳の写真に一目惚れして大口のムラタへ乗り換えたのが昨年10月のことである。
彼女には会えるし働いただけ給料は増えるし、千早にとっては良いことづくめの職場であった。
・
「お前は?もう髪はずっと坊主で行くの?」
助手席の千早が運転席の5厘刈りの頭を見上げて尋ねる。
「しやね…今更…どやろな、威圧感あるか?これ以上ない清潔感を醸してると思うねんけど」
確かに染めてもない、フケもない。
寝癖すら付かない坊主頭は清潔には違いないが、高石は185センチの堂々とした体躯であるため、訪問先の客にひどく恐れられる事もあるのだ。
事実、この日の1件目のお宅では玄関先で小柄な高齢のご婦人を後退りさせてしまった。
「ふいー……次、3丁目や、行こ」
「洗濯機の新規な、」
高石の顔立ちは、どちらかと言うと愛嬌があって可愛らしい。
くっきりとした二重の目に穏やかそうな眉毛、分厚い唇。
決して不細工ではないし、恋人の美月もこの巨漢に対して「かわいい」と評するくらいには人相は悪くなかった。
「さっきの話やけどさ、また伸ばしたら?姉さんの親とかに会うたりせぇへんの?」
「あー、まだ考えてへんな…そうか…もし結婚式とかするんなら伸ばしてた方が格好ええか、」
「せやで、昔みたいに襟足伸ばして、親にどつかれたらええねん」
「嫌やって…あ、その角の家やな…」
新入社員当時の千早は当然短髪だったが、高石は今の千早よりもっと…首に纏わり付く程に襟足を伸ばしてギャル男の様な髪型をしていた。
当時の社長に「だらしない」とひどく叱られ、次の日から今日までずっと坊主頭である。
自宅には電動バリカンを常時充電しており、2日に1回のハイペースでセルフカットをしているのだ。
「たまにな、ミーちゃんに散髪して貰うねん…ええで、あれは……何がええってな、背中におっぱいが当たんのよ。散髪は風呂場ですんねんけどな、機嫌次第では風呂入りながら、裸でやってくれんねん…あれはええよ、うん」
「聞きたないな…気持ちは分かるけどな……うん…胸は…当たってたわ。指摘したら恥ずかしがって離れるやろから言わんかったけどな…それに関しては同意や」
2人は男子ノリのまま4件目まで済ませ、昼食を買いに通り道のコンビニへ車を着ける。
そのまま駐車場で弁当を食べ、他愛も無い話題で盛り上がる。
「しやから俺は言うたよ、チカちゃんは合意してくれたしな、なんや焦りも消えたわ。それまで待つだけやしな…お前もまず話し合いでまず日を決めとけばええんやないの」
「その日が近づいたら緊張してまうやろな…」
「今日か今日か思いながらお泊りする方がしんどいやん…よぉそれで我慢してんな、」
「忍耐の男やからな」
食後は喫煙スペースで一服、並んでモクモクと煙を空へ放てば雨雲が目に入り、若干の焦りを感じてしまった。
「雨降るやろか、怠いな」
「せやな…フー…次、早めに行こか」
5軒目の商品は展示品の冷蔵庫、新品と比べると梱包が甘いため雨粒に濡れると後々が厄介である。
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