胸に手を置かれたら、朋也くんのことしか考えられないじゃん。ー無気力系後輩がグイグイ来るのは想定外でしたー

3…胸を張る

26

　季節は夏、学生さんだと夏休みにぼちぼち入るかという頃。

　我が社で恒例の社員旅行の時期がやって来た。


「今年はどこ？」

「草津だって」

「近ぁ」

　家電量販店・ムラタ本社は群馬県、前橋に次ぐ都会の鷹丸タカマル市に位置している。

　店舗勤務にはそれが無いのだが、本社総合職には福利厚生として年に１回の社員旅行が企画される。

　留守番も必要なので数回に分けて行くのだが、行き先はだいたい県内の温泉施設だ。

　さすが大手ムラタは新しい保養所を建てたのか借りたのか、行って損も無いので私も毎年参加している。

　うちの総務部も３班に分かれて行くことになり、勤務体系などを考慮したところ矢向くんと同じ日程となった。


「班一緒っすね、元宮もとみやさん」

それぞれに行程表が渡されて、矢向くんがしれっとそんなことを言う。

　彼は今では私のことを「美紀みのりさん」と名前で呼ぶのだが、会社では当然苗字のままだ。

「そうだね…行ったことある？」

「まだ無いんすよ。ジブン、出身神奈川なんで」

「私もまだなんだよね…楽しめると良いね」


　そんなことを話して旅のしおりを片付けていると、甲高い声がフロアの端から響いて来る。

「えーー⁉︎私、Ｃ班ー⁉︎やだぁー‼︎」

　声の主は１週間前からうちに異動して来た契約社員の茨田まつだエリナ、23歳の華やかな女子だ。

　恐らくだが、希望する班でなかったので不満を爆発させているのだろう。


　彼女はつかつかとこちらへ向かって来て、

「誰か、代わってくれませんー？部長と一緒とかマジ無理なんですけどぉー」

と行程表をパタパタ叩く。

　彼女は厄介者と言うのか、自己中心的な言動が目立つ子なのだ。

　他の班のみんなは目を合わせないように、各自業務体勢に入って行く。

　エリナはそれでもこちらへ近付いて、「誰かぁ」とおねだりして見せた。

　鬱陶しいけど頭ごなしに叱るのは可哀想か、管理職の雷が落ちれば部署全体の士気も下がるし空気が重くなる。

　もっとも、うちの管理職は温厚で穏やかな男性ばかりで、キャピキャピしたエリナに注意することを得意としていない。

　なんでも以前の部署で管理職がエリナに給湯室の使い方を注意したところ、「ハラスメントされましたぁ！」と数日は騒いで問題になったらしい。

　なので腫れ物扱いというか、異性は冤罪を恐れて指導できなくなっている。