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2019・薫風
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しおりを挟む「お待たせしました」
潤はカフェの前で立ち読みしていた和田に声を掛け、それぞれ注文したドリンクと菓子を持ち大きなテーブルの席へと掛けた。
先日の会議の要旨や実践方法、中規模店の和田には関連の薄い事だが彼は熱心に質問して潤もそれに応える。
話すうちにアイスコーヒーの氷はすっかり溶けて水滴がテーブルへ滴り、しかし潤はペーパーナプキンで拭っては会話を続けた。
「なるほどな…いや、しっかり覚えてるな、感心や…さすが若くして管理職になっただけのことはあるわ」
「いやぁ、私…消去法の所長ですよ、」
「ん?何言うてんの…俺の推薦やんか、聞いてへん?」
「え?」
転勤して来てすぐの潤が所長に昇格したのは他に正社員スタッフがいなかったから、彼女はそう思っていたが実際は少し違うらしい。
「俺はもうそん時は北店でフロア長やってな、本店でもっかい所長せぇへんかって打診はまず俺に来たのよ、」
「へ?」
「しやけど所長から現場でのそれ以上の出世はあれへんし、家電フロア長なら副店長も店長も望めるやろ、しやから『そっちのスタッフに任せたったらどうですか』て断ってん」
「なんか…それでも消去法…」
和田が了承していれば自分は昇格していなかった、その事実が加わっただけで潤はやはり自信を持てない。
「いや、清里さんのキャリアとかもちろん聞いたよ?売り上げとかも契約数もデータ上やけど見たし…その上で本部の人に『この子がええですよ』言うてん。ほんまよ、自信持ちぃな!」
「そ、うですか……あは…そっか…ん…なんか…もう少し早く聞きたかったです…」
「知ってる思てたわ…あ、もしかして結婚したら辞める?」
「いや…予定も無いので分かりませんが……んー…でも働きたいですね、私、家事は苦手だから…稼いできます」
「そらええわ、いまどきやね、はは」
結局2時間は居たのだろうか、議題は片付いてもあれやこれやと話していたが、飛鳥からの着信が話を切り上げるきっかけとなる。
『♪~♪~』
「あ、なんだろ…すみません、」
「あぁ、ええよ、もう終わったから、出て出て」
和田は何となく察するものがありトレイを持って回収棚へ置きに向かった。
「もしもし?」
『あ、ジュンちゃん、今どこ?帰ってきたんだけど、引越しは終わったのかな?』
「うん、荷物も開けたし…あの、ベッドをね、新調しようと思って家具屋さんに行って…会社の人に会ったから仕事の話してたら時間経っちゃってた…もう帰るね、」
『そう…会社の誰?』
「え、アスカの知らない人だよ、んーと…帰ってから話すね、……あ、す…ません…片付…くださった…ですか……あ、じゃあね、また!」
『プツッ…』
飛鳥も知っているスタッフならすぐに答えたのだが、他店舗の人間だし今は法人スタッフでもないし、間柄の説明がややこしいと感じたので省略してしまった。
浮気でもないのに和田本人の前で長々説明するのも自信過剰で失礼だろうし、飛鳥は「違う地域の所長をどうして覚えてたの?」などと細かく突いてくるはずだ。
「イケメンだから覚えてました」などと言えばそれこそ和田も気まずかろう。
「…もしかして彼氏?」
「はい、予定より早めに帰って来たみたいです…じゃ、また何かあれば仰ってください!」
「うん、プライベートやのに仕事の話してすまんかった。おおきにねー、」
和田と別れ、潤は車で新居へと急ぐ。
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