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2019・新春
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しおりを挟む翌々日。
休日明け、法人カウンターと共にパソコン教室も始業し、この日の朝イチは受講生もおらず、良夢は暇を持て余していた。
元々が収益を求められていない部門なので彼女にしてもモチベーションも上がるまい、それはそれで可哀想だとは潤も気にしている。
しかし2限目のプログラム開始時刻になると、男性客がひとり来校しドアの先へ吸い込まれて行った。
もしや、まさか?聞き耳を立てようにも店内BGMがやかましくて聞こえはしない。
モヤモヤと考えているうちに2限目が終了、男性は挨拶をして帰って行く。
「……」
潤が男性を目で追っていると、背後から
「所長、私、お昼行って来ますねぇ」
と良夢が声を掛けるので、驚いて肩がビクンと動いた。
「あ、はい、どーぞ…」
「どうしたんですか?所長…、何か気になることでもありますぅ?」
「え、あの…」
気になることだらけだよ、そう言ってしまいたいが真実を突きつけられるには覚悟が足りない。
適当に愛想笑いで済まそうと眉尻を下げた時、
「所長!」
と聞き覚えのある声がした。
「あ、」
「お久しぶりです、清里所長…古賀です」
「ふふ、存じてます…」
見積書を手にした飛鳥が例によって顔をマスクで隠し、商品の注文をしに訪れたのだ。
「見積りありがとう、このままの価格でお願いしようと思って……ん、そちらは?」
「あ、先生の後任の…」
「空知でぇす♡講師やってまーす、え、もしかして私の前の方ですかぁ?やだー、イケメンっぽーい♡」
「はは…そう、ボクの次の方……暇だろうけど頑張ってね、何かあったら清里所長を助けてあげて下さい」
今日の飛鳥はスーツにロングコート、明らかに男性だと分かる格好をしている。
目元だけニッコリと飛鳥が微笑めば良夢もいい気分になり、
「はいぃ、でもぉ、いっつも所長には私の方が助けてもらってるんですぅ。ほら、私、高い所に手が届かなかったりするのでぇ、所長ってデカいからぁ、あは♡」
と言葉に遠慮が無くなってきた。
そして潤の横にぴとっとくっ付き、自身の体をより小さく見せる。
人と対比して自己を可愛くか弱く見せる常套手段、潤は合コンでもないのにそんな仕打ちを受ける自分を憐みながらも
「あは、ええ、まぁ、ええ…平均よりは…」
と言葉を返した。
「じゃ、お昼行って来まーす、ふふっ♡」
良夢に返事はせずに、潤は既に椅子へ腰掛けていた飛鳥の対面に座る。
そしてふぅと鼻からため息を逃した。
「所長、何あれ?すごいコだね」
「いや、ホント…小さいっていうのがアイデンティティなんだよ、いっつも比べられて…モヤモヤしてる」
家で話すように言葉を崩して、飛鳥は1週間ぶりの潤を余すことなく摂取しようとあちらこちらに目を遣る。
「マウンティングってやつね…面倒だね。体格なんて努力で得た物でもないのに…まぁ持って生まれた体で勝負するしかないって腹括って最大源に利用してるんだとしたら大したもんだと思うけど…他者を引き合いに出すのは良くないね…」
「うん、私、高すぎるってほど高くないし…あはは…」
身長のことなど今更気に病んだりはしないのに、恋人の前でああも言われれば、やはり「もっと小さければ可愛かったかな」などと卑屈なことを言ってしまいたくなる。
飛鳥はきっと「そんなことないよ」と返してくれる、そんな予定調和で慰められたいほどには、潤はなかなかにストレスを溜めていた。
「でもね、仕事の…教え方は上手らしいの。お褒めの言葉もお客様からいただいてて…いい先生なの……ま、仕事しましょっか、えーと…在庫があるのですぐお持ちしますね、お待ち下さい」
気持ちを切り替えて職務に励み、会計を済ませると飛鳥がカードを持つ潤の手をぎゅうと握る。
「ありがと…所長、次の休み日曜だよね?土曜の夜…デートしない?お泊りで」
「あ、え、はい、」
「いつものコンビニね、」
飛鳥は立ち上がって椅子を直し、恋人へ
「可愛がってあげるから、一番エロい下着着けて来な」
と耳打ちして去って行く。
「わぁ、わぁ…」
毎週定期的に抱かれていたあの頃を思い出して体が燃える、潤はニヤつく唇を内側から噛んで制し、他のスタッフと交代して休憩に入るのだった。
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