先生、マグロは好きですか?

茜琉ぴーたん

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2018・新緑

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 売り場フロアに上がってすぐ、新設されたばかりのカフェコーナーへ飛鳥は入った。

 ここは入り口近くのメインレジのすぐ隣、出入りする客が必ず通過する最も人通りの多いスポットである。

 カウンターで潤にコーヒーを注文させ、先に席を取り…立ち止まっている間だけ小さい振動を彼女のはらへ贈った。

「あれ清里きよさと所長、今日はお休みなんですね、お買い物ですか」

「アイカちゃん、お疲れさま。そう…!…ァ…ホット2つ…下さい…」

 顔見知りのスタッフ・吹竹ふきたけ愛花あいかと数回会話のラリーをして、潤はコーヒーを受け取り飛鳥が待つ席へ小股で歩み寄る。


「ほんと…やめて…先生…」

 そう言われると逆のことをしてあげたくなる、飛鳥がスイッチを入れたら潤の肩が小刻みに震えだした。

「腰、振れてるよ」

「…れてなイッ…」

「自分の職場で辱められるの、どんな気持ち?」

「嫌、な気持ち…」

「あァそう、」

 上辺を繕った潤に変化を加えると、手に持ったコーヒーに波紋が立った。

「ぎッ…ァ…何なのよォ…ア♡」

「飲み終わったら売り場回ろうか」

「やだ…もうやめてよ…帰ろう…」

「ボク、DVD-ROM買わなきゃ。付き合ってね」


 飛鳥は、家を出る前に「歩行中はスイッチを入れない」と約束してくれた。

 股に力を入れていないと抜け落ちてしまうし、ずっと作動していればそのうち体が慣れてしまうからだそうだ。





「あっちかなー」

飛鳥は潤の手を引きながら、売り場へ誘導する。

「え、PCの方じゃないの?」

よりによって店内奥の黒物売り場まで歩かされるようだ。

 黒物売り場には、いつも性の指南をくれるゆいがいる。

 それは潤の胎に収まる玩具を勧めた張本人、勘付かれれば何をされるか分からない。


「(やだー……あ!)」

「ジュン!いらっしゃい、」

長身の潤は案の定数秒で唯に見つかってしまい、接客に付かれてしまった。

「買いもん?休みやのにわざわざ職場……!…彼氏?こんにちは」

「こんにちは、初めまして」

飛鳥はサングラスの下でにっこりと笑んで挨拶をする。


 いつもパソコンスクールに居るのにやはり他部門の人間には人相が割れてないらしい。

 飛鳥は白々しく初来店のふりをした。

「話はジュンから聞いてます、なんだか可愛がって貰ってるみたいで」

「はい、笠置かさぎさんの話もかねがね…色々アドバイスをして頂いてるみたいで…」

「………」

「………」


 2人は潤を挟み、無言だが何やら情報のやり取りでもしているように見えた。

 対抗か嫉妬か、可愛がっていたペットを盗られて寂しいような、それでも飼い主同士でその子の可愛さをシェアしたいような。

 唯は改めて潤に用件を聞き、商品の選定に入る。

「録画用ですね、それならここ1列どれでも大丈夫、何枚入りにされます?うん、あれ、…ジュン…?」

よそ行きの接客モードに入っている唯が、潤の異変に気づく。

 それもそのはず、潤はそわそわもじもじと膝を合わせ、いつものようなしゃんとした凛々しさがないのだ。

 彼氏と一緒だからといって、ここまで恥じらうこともないだろう、それなら体調でも悪いのか。

 唯が後方に立つ飛鳥に目を遣ると、彼はサングラスをずらしウインクをして、手の中のリモコンをそっと唯だけに見せた。

「………!……あァ…」

唯は片眉を下げニヤリと悪く笑い、既に商品が決まったというのに潤の腕に手を回して捕まえた。

「(なに、ユイ…)」

 3人が立つ半径2メートルの空間には売場らしからぬピンクな雰囲気が漂う。

 潤は飛鳥ばかりか、唯にまでなぶられようとしていた。
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