先生、マグロは好きですか?

茜琉ぴーたん

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先生、マグロは好きですか?2017

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 それから2ヶ月、暮れも押し迫る12月。

 潤は所長職にも慣れてきて、振る舞いもそれらしくなってきていた。

 飛鳥とは相変わらず雑談したり食事をしたりする仲で、今夜も待ち合わせをしている。

 教室は水曜と日・祝日が休みなので火曜と土曜開催が多いのだが、今日は土曜日、潤も明日は休みなので久々に呑もうかなーと考えていた。

 ちなみに今日の店決めは彼の担当になっている。


「じゃ、所長またあとでね」

「おつかれさまです、また」

 16時を過ぎて飛鳥が退店し、早番の潤はあと2時間半で定時終業予定である。

 メールの確認作業をしているとカウンター前をカツカツと黒物担当・笠置かさぎゆいが通りがかり、ゲートからこちらへ入ってきて隣に立った。

「…なんや、えらいニコニコして。この後デートでもあんのか?」

唯は大きく首を傾け、客前では決して出さない素の言葉で潤に絡む。

 しかも売り場から見えない位置で尻を触るという直接的なセクハラ付きだ。

「で、デートではない…ちょ、触んないで♡」

「駆け引き中?克服したんか?マグロセックスは」

「ちょっとぉ、慎んでくださぁい…」

職場でのあまりに直球な言葉に潤はギョッとして、小声で注意する。

「ええなぁ、ミツキも男できて付き合い悪いしよ、うちの誕生日も祝ってくれよ」

「んー、年末にする?女子会」

「約束やで、ほんまに。岩盤浴はいつでも行こな」

「ぁん♡」

 唯は後ろから潤の内腿を撫でて、カウンターを出て行った。

「もー…」

 元カレと別れて以来、潤の体に触れたのは女友達だけで、仕事帰りに岩盤浴にも行くので裸は見慣れているし、いつもぺたぺたと触られている。

 それが最近もうひとり、彼女に触れる者がいる。

 それは飛鳥のことで、最初は肩に手を回され、次に手首を掴まれた。

 潤は初めて食事をしたあの夜から、ちょっとしたボディータッチを彼から受けている。

 爪を見るために手を握られたり、前髪を摘まれた時に手の甲が頬に触れたり、心身の距離を詰められているようで複雑な気持ちがしていた。

 まだ恋愛をしたい気分にはならないからだが、拒絶しきるほど嫌でも無いのだ。

「……」

 飛鳥にはあの夜言わなかったが、元カレとの別れ話エピソードには更に悲しいオチがある。

 自分以外にも数人の女性を囲う男へ嫌悪感をぶつけたら、「つまんねぇマグロ女」と吐き捨てられたのだ。

 それが潤が聞いた、元カレの最後の言葉だった。


 確かに潤はセックスを楽しんだり、ましてや自分から誘うなんてことはしないタイプだった。

 身持ちが堅く、元カレに体を許すまでも半年を要した程である。

 恥ずかしい、と言うよりは、品の無い事が好きではないのだ。



 この元カレのエピソードは、同僚の2人にも話したことがある。

 転勤してひと月の頃、先程の唯と白物・刈田かりた美月みつきと早々意気投合し、岩盤浴へ行ったときのことだ。





 熱々の岩塩の砂利じゃりの上にガウンで寝転がって、他に客も居ないし少々ガールズトークに花が咲きすぎた。


 『なんやソイツ、クソやな!おどれが下手糞ヘタクソなんやろが。女鳴かせる腕も無いモンが…、…、…、』

いつまでも口汚く罵るのは唯。

 『口が悪いわ、ユイちゃん。でも、ひとりの女も幸せにできないのに3人も侍らすなんて、身の程知らずね。嫌だ…そんな男。こっちからててやったと思って、忘れましょう!浄化浄化♡ちゅう♡』

投げキッスで慰めてくれるのは美月。

 『ありがとー』

 『しやけど、ジュンは嫌いか?セックスすんの』

 『ちょっとユイちゃん、言葉を選んで頂戴』

 美月が砂利を数個掴んで背中へ落とすと、

 『痛!熱!……い、致すのは、嫌いか?』

炙られた唯は渋々言い直した。

 『んー、楽しくはないな。あんまり好きじゃない』

 『ジュンちゃん、無理にするものじゃないって。相性もあるって言うし。ピッタリな人が現れるまではシなくていいのよ。…ピッタリな人を探すのが難しいんだけどね、』

美月はいつになく真剣に諭す。

 『自分がこんなだからさ、そういう…風俗嬢と並行されてたってのがなんかこう…嫌なんだよね。きたない…』

 『ジュン、職業に貴賤きせんなしやで?』

 『わかるけどさぁ…自分に無い感覚なんだよ。体でどうこうってのは…思っちゃうのは許してよ』

 『まぁね、あたしも、体は大切にしたいもの…女も楽しめれば、男性も満足するでしょうけどね、……どうやって磨くの?って話よね』

額の汗を拭いながら、美月が悩ましげに呟いた。

 『………致しまくるしかないやろなぁ。ヤリ目のコンパか、あ、女性用風俗もあるらしいで?』
 
 『はぁ…』

 『ユイちゃん、慎んで』

 『あっつ!』





 そんなことを思い出しながら、営業時間が過ぎていく。


 風俗勤めの人間は嫌だ嫌だと思っていたが、知らずに出会って後から聞かされる分には、意外とすんなり受け入れられたから不思議である。

 飛鳥は、男の人がよろこぶセックスの仕方を知っているのだろうか。

 聞いたら教えてくれるだろうか。

 漠然ばくぜんとそんな事を考えてしまうのは、自分が欲求不満だということなのか。


 飾り付け、BGM、おもちゃコーナーにあふれる家族連れ…押し迫るクリスマスの空気のせいだろうか、なんだか人肌が恋しくて困る潤だった。
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