94 / 113
2019・梅雨
92
しおりを挟むまだ涙の引かない細い肩を抱いて部屋へ入り、ソファーへ掛けさせた飛鳥は床へ跪く。
「大丈夫?落ち着いて、ごめんね、忙しすぎて構ってあげる余裕無くて…ん、キスしてもいい?」
潤は小さく頷いて目を閉じ久しぶりの温もりを待ち、しっかりと胸に抱かれれば包み込まれる安心感にすぅと脱力する。
「早速で悪いんだけど、話って…何?」
飛鳥は潤を抱き締めたままそう聞いてくれたが、彼女は自分から体を剥がしていよいよかと蒼白になった。
「あ、の……ごめんなさい、あの…」
「ごめんって?なに……ジュンちゃん、顔色悪いね…体調崩してるんじゃ…」
「違うの……あの…あ、待ってね、」
目を擦った彼女は一旦寝室へ下がって机の妊娠検査薬を持ち出し、戻って飛鳥へ渡した。
「ん?………それ…」
なんとなく知っているフォルム、飛鳥は目を剥いてそれと潤の浮かない顔を交互に見比べる。
「…これ……あ、……え、陽性?ジュンちゃん………赤ちゃんが居るの?あれ…」
「ごめんなさい、あの…あの…」
「落ち着いて。なんで謝るのさ」
飛鳥は立ち上がった潤をもう一度ソファーに掛けさせ、その足元に腰を下ろして彼女の震える手を握る。
「私も、バタバタして、て、前…シた時……周期が…排卵日とか…乱れてた…みたい、で…」
「産婦人科には行った?」
「ま、だ…」
「早い方がいい、明日行こう。ボクも付き添うよ」
「私はどうしたらいい?」「産んでいいの?」「堕ろせって思ってる?」…潤の頭の沼には疑問と選択肢と、そうした場合の対応と今後の二人の関係とがドロドロと浮いては沈み、涙ばかりが目から溢れる。
「あす、カ……はっきり…言って…どうしたい?」
「うーん…今、何週なんだろ?最終月経から数えるんだよね、なら2ヶ月半くらいか…10週くらいかな」
「た、ぶん…?あの…」
「費用も確認しなきゃな…いろいろ予定が変わっちゃうけど臨機応変にいかなきゃね」
噛み合わない、週数、費用、気にするということはそういうことなのか。
潤は言葉が紡げず目の前がぐにゃりと歪んで真っ暗になり………吐き戻した。
「グっ…ぅゴふっ……」
押さえようとした手は間に合わず、指の隙間からぼたぼたと固体混じりの液体が流れ落ちる。
「わっ……あぁ、……大丈夫だよ、大丈夫…んー、全部吐きな、…うん、もう悪阻が出てきてるのかな、うん…大丈夫だよ、」
少量だが吐瀉物をまともに被った飛鳥はよしよしと潤の背中を摩り、小さく繰り返される「ごめんなさい」には応えず励まし続ける。
「あ、すか…ごめ…なさ…寝る…」
「寝れないだろ、片付けるから…お風呂入ろう、立てる?」
飛鳥は汚れたシャツをその場で脱いでカーペットへ置き、潤の肩を抱いて風呂場へと誘導した。
彼女の服にかかった胃液混じりの昼ごはんが廊下の床へポタポタと滴れる。
「脱いで、カゴに入れておいてね。滑らないように…ボクも入るから、お湯張りするね」
潤は言われた通りにして温かいシャワーを浴びて口を濯ぎ、少し落ち着いた頭で彼を待った。
しばらくすると裸の飛鳥が浴室に入ってきて、湯に浸かる潤を
「熱くない?大丈夫?」
と労ってくれた。
「大丈夫…あの…ごめん、アスカ…」
「平気だよ、とりあえず拭いたし、後でコインランドリー行くよ。一晩干しとけば乾くよ、」
飛鳥は酸っぱくなった肌をシャワーでしっかり流し、頭から足の裏までシャンプーとボディーソープで丹念に洗う。
「それもだけど……排卵日がズレてたみたいで…管理できてなくて…」
「んー…どのタイミングかも忘れちゃったけどさ、月が変わってしばらくしてカレンダーめくった時があった。月を間違えて日数数えミスとかもあるかも。あと…ストレスとかダイエット、食生活の乱れ…栄養をサプリに頼ったり…心当たりある?そういうので遅れたりするみたいだよ」
「…ごめんなさい…」
しっかりと思い当たる節があった。
飛鳥に会えないことで食事の量と質が落ち、補うために酵素だなんだとサプリメントに手を出したのだ。
それが無くとも仕事の忙しさもあってホルモンバランスが崩れがちだった、原因はそれらの合体技といったところだろう。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる