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2019・梅雨

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 まだ涙の引かない細い肩を抱いて部屋へ入り、ソファーへ掛けさせた飛鳥は床へひざまずく。

「大丈夫?落ち着いて、ごめんね、忙しすぎて構ってあげる余裕無くて…ん、キスしてもいい?」

 潤は小さく頷いて目を閉じ久しぶりの温もりを待ち、しっかりと胸に抱かれれば包み込まれる安心感にすぅと脱力する。

「早速で悪いんだけど、話って…何?」

 飛鳥は潤を抱き締めたままそう聞いてくれたが、彼女は自分から体を剥がしていよいよかと蒼白になった。

「あ、の……ごめんなさい、あの…」

「ごめんって?なに……ジュンちゃん、顔色悪いね…体調崩してるんじゃ…」

「違うの……あの…あ、待ってね、」

目を擦った彼女は一旦寝室へ下がって机の妊娠検査薬を持ち出し、戻って飛鳥へ渡した。


「ん?………それ…」

なんとなく知っているフォルム、飛鳥は目を剥いてそれと潤の浮かない顔を交互に見比べる。

「…これ……あ、……え、陽性?ジュンちゃん………赤ちゃんが居るの?あれ…」

「ごめんなさい、あの…あの…」

「落ち着いて。なんで謝るのさ」

飛鳥は立ち上がった潤をもう一度ソファーに掛けさせ、その足元に腰を下ろして彼女の震える手を握る。

「私も、バタバタして、て、前…シた時……周期が…排卵日とか…乱れてた…みたい、で…」

「産婦人科には行った?」

「ま、だ…」

「早い方がいい、明日行こう。ボクも付き添うよ」


 「私はどうしたらいい?」「産んでいいの?」「堕ろせって思ってる?」…潤の頭の沼には疑問と選択肢と、そうした場合の対応と今後の二人の関係とがドロドロと浮いては沈み、涙ばかりが目から溢れる。

「あす、カ……はっきり…言って…どうしたい?」

「うーん…今、何週なんだろ?最終月経から数えるんだよね、なら2ヶ月半くらいか…10週くらいかな」

「た、ぶん…?あの…」

「費用も確認しなきゃな…いろいろ予定が変わっちゃうけど臨機応変にいかなきゃね」


 噛み合わない、週数、費用、気にするということはそういうことなのか。

 潤は言葉が紡げず目の前がぐにゃりと歪んで真っ暗になり………吐き戻した。


「グっ…ぅゴふっ……」

 押さえようとした手は間に合わず、指の隙間からぼたぼたと固体混じりの液体が流れ落ちる。

「わっ……あぁ、……大丈夫だよ、大丈夫…んー、全部吐きな、…うん、もう悪阻つわりが出てきてるのかな、うん…大丈夫だよ、」

少量だが吐瀉物としゃぶつをまともに被った飛鳥はよしよしと潤の背中を摩り、小さく繰り返される「ごめんなさい」には応えず励まし続ける。

「あ、すか…ごめ…なさ…寝る…」

「寝れないだろ、片付けるから…お風呂入ろう、立てる?」

飛鳥は汚れたシャツをその場で脱いでカーペットへ置き、潤の肩を抱いて風呂場へと誘導した。

 彼女の服にかかった胃液混じりの昼ごはんが廊下の床へポタポタと滴れる。

「脱いで、カゴに入れておいてね。滑らないように…ボクも入るから、お湯張りするね」


 潤は言われた通りにして温かいシャワーを浴びて口を濯ぎ、少し落ち着いた頭で彼を待った。


 しばらくすると裸の飛鳥が浴室に入ってきて、湯に浸かる潤を

「熱くない?大丈夫?」

と労ってくれた。

「大丈夫…あの…ごめん、アスカ…」

「平気だよ、とりあえず拭いたし、後でコインランドリー行くよ。一晩干しとけば乾くよ、」

飛鳥は酸っぱくなった肌をシャワーでしっかり流し、頭から足の裏までシャンプーとボディーソープで丹念に洗う。

「それもだけど……排卵日がズレてたみたいで…管理できてなくて…」

「んー…どのタイミングかも忘れちゃったけどさ、月が変わってしばらくしてカレンダーめくった時があった。月を間違えて日数数えミスとかもあるかも。あと…ストレスとかダイエット、食生活の乱れ…栄養をサプリに頼ったり…心当たりある?そういうので遅れたりするみたいだよ」

「…ごめんなさい…」

しっかりと思い当たる節があった。

 飛鳥に会えないことで食事の量と質が落ち、補うために酵素だなんだとサプリメントに手を出したのだ。

 それが無くとも仕事の忙しさもあってホルモンバランスが崩れがちだった、原因はそれらの合体技といったところだろう。
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