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2020・初春(最終章)
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しおりを挟む翌朝、潤は腹が張ってなんだかモヤモヤと、違和感を覚える。
「なんか…出てきそうな気がするなぁ…」
「じ、陣痛⁉︎」
朝食用のスクランブルエッグを炒めていた飛鳥が蒼白になりつつ振り返る。
「いや…生理前みたいな…子宮が動いてるみたいな感覚…おりものが出てるみたいな…」
「それはボク分かんないや…ぼちぼちってことかな、どうしよ、自宅待機だね、…入院の荷物…わー…いよいよか…」
卵をフライパンから皿へ移してダイニングへ運び、頭をポリポリ掻きながら右へ左へと余計に飛鳥が動いて落ち着かない。
「とりあえず食べよ、アスカ」
「あ、肝が据わってるな…さすがママだね…は…うん…ケチャップ忘れた…わー…」
「アスカはどっしり構えてるもんだと思ってた。なんか意外ね」
「動じない男を見せるつもりだったよ…でも慌てるよ、生まれるかもしれないんだから…あ、昨日のセックスが効いたのかな…苦しんでないかな…あー…」
「ふーん」
私自身にはキャラを崩すほどにはご執心じゃないのかしら、潤はそっと中の人に嫉妬してポンポンと鼓を打つ。
「ボク、今日から保育園の方は休みだから…とりあえずパソコン関係の方を片付けてるね、しばらく主夫だ」
「せっかくお客さんが付き出したのに…中断させちゃってごめんね」
「いいのいいの…メンテナンスとか短時間集中の仕事でやっていけるからさ。この時期、手のかかる仕事は入れてない。あらかじめ決めてたんだ…気にしないで、ゆっくりしててよ」
違和感はあれども痛みは無い、潤は朝食後はゆるゆると床にモップがけを始め、飛鳥は契約先のホームページの更新作業に入った。
・
食事をして家事を手伝って、普段通りの生活をしながらも腹はだんだんと重くなり、夕方には鈍痛を感じ始めた。
「うーん…今日中にくるかな…」
「変わったことがあったら言ってね、い、いきなり破水とか…しないよね、するかな、」
「知識だけ詰め込み過ぎだよ…初めてなんだから分かんないって」
「んー…いつでも出られるようにはしておくから…本当、リビングから動かないでね、」
「はーい……ん…痛い、計測しなきゃ…」
潤はかねてより準備していたスマートフォンの陣痛カウンターなるアプリを開いて、痛みの持続時間と間隔を測り始める。
「まだまだだけど…来てるね」
「分かった、」
「よーし…ちょっと横になろうかな…」
「え、寝るの⁉︎大丈夫⁉︎」
「寝られる時に寝とかなきゃ…」
しかしソファーへ寝るもだんだんと間隔は短く、継続時間は長く、つきはじめた陣痛は彼女を眠らせてはくれなかった。
次第にはっきりとしてくる痛み、最初こそただの腹痛かと思ったもののその中枢は腹より尻…割れるような開くような不思議な感覚に見舞われる。
「あー…痛い、いたい…」
「よしよし…」
「トイレの大きい方が出そうみたいな…変な感じ、お尻の方が痛いかも…大きい病気はしたことないけど、生きてる感じ…実感するね」
「何言ってんだよ…死なせないよ、」
医療が発達した現代においても出産で命を落とす母親は年間で数十件と報告されているらしい。
知識先行型の飛鳥も当然そういったトピックは頭の隅に入れている。
してやれることはなんだってしてやる、まとめた髪が乱れるほどに妻の腰を摩った。
「っは…ぁ……アスカ、あ、」
「うん…」
「はー……治まった……もう…20分間隔になってる…10分になったら病院に電話するね、」
「ん、分かった」
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