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2019・新春
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しおりを挟む「…見ててイライラしたの。キレイなのに気取ってなくて…バリバリ仕事して…私が持ってないもの、全部持ってて…」
「うん、」
「ひと言、『先生の方が可愛いよ』って…聞けたらいいやって…思ってマウント取ってみたけど全然言わなくて…エスカレートしちゃって…」
「うんうん、」
どんなに批判しても潤は受け流すだけ、辛うじて引き出せたのは「そだねー」などの気のない肯定だけだった。
「仕事で認めさせようと思って生徒増やしたけど褒めてもくれないし…」
「え、自力で増やしたの?どうやって?」
「…短いスカートにしたり胸元開けたり、ボディータッチしたり…合コンした人とかにも声かけたり…一見さんがほとんどだったけどね」
「うわ…営業努力だったんだ…」
それで若い男性ばかりだったのか…潤は色々と合点がいく。
「おかげで手取りも増えたけど…楽しくない」
「そりゃ…うん…そういえば…あ、あの……ご、ゴミ箱にね、その…」
「ゴムの箱でしょ?あれも所長を困らせようと思っただけだよ。バッグに入ってたゴミとティッシュの丸めたの捨てただけ。こんな所でシない…さすがに体は売ってないよ」
「よ、良かった……ムラタが売春を斡旋してると思われたら困る…いや違うの、もちろん先生が危ないことしてるなら止めなきゃって思ってたから、」
「ふー……なんか所長ってズレてんのね」
叱るでもなく力でねじ伏せるでもなく、明らかに敵意を持った人間と密室に居ながら妙に脱力した潤の様子に良夢も戦意を失った。
可愛い顔を崩してへの字口で、どかっと椅子へ座り込む。
「え、そうかな……あの、今回の…そのマウントとかに関しては不問だし問題ないんだけど、その…受講者さんに色仕掛け講義するのは…やめてもらえる…かな…?」
「やめるよ、意味ないし…」
「うん、その…仕事は変わらず続けてほしい。ボディータッチとか関係なくね、さっきも言ったけど、先生の教え方が分かりやすくて助かるって…お褒めの言葉もいただいてるの。ごめんね、なかなか伝えられなくて。私もさっき…店長から聞いてね、」
店頭の「お客様の声」に書いていってくれる人もいれば口頭で世間話風に呟いて帰る人もいる。
ただそれを外部組織だからとわざわざ良夢へ伝える者がいなかったのだ。
「本当に?…お世辞かと思った…」
「うん、1階のロビーにね、『お客様の声』が貼り出してあるからまた見てみて、年配の方とか、女性の方も、飛び込みで聞きに来る方にも丁寧に教えてくれるし…売り場も助かってるって、フロア長からも聞いてる。そっちの本部にはお知らせしてたし伝わってると思ってた。…私も直接先生に伝えるべきだったのに、疎かにしてた、ごめんなさい」
「そ、う…」
目に見えない評価は既に出ていたのに知らなかっただけ、良夢はなんとも恥ずかしそうにはにかんだ。
「私は私、先生は先生、ね?お互い可愛い!仕事できる!それで…良くない?」
「………ぷはっ……っあはは、ははっ!あはは…」
「(そんなに変なこと言ったかな…)」
初めて見る顔で良夢は笑い、
「うん、分かった…所長、失礼なことたくさん言ってごめんなさい。羨ましかったの、本当…ごめんなさい」
と自分の気持ちを素直に吐き出す。
「いいよ、ふふ…」
「あ、この用紙は使わないんで上に戻して下さい」
「えぇ⁉︎」
驚いた潤の耳に、無線が入る。
『所長、内線取れますか?』
「ん、はい、36番に」
聞こえるこの声は配送カウンターの新庄、潤は滅多に使わないパソコン教室内の電話機の受話器を上げた。
『もしもし、お客様からの伝言お伝えします…講師の方もそちらいらっしゃいますか?』
「うん、あ、クレーム?」
『いいえ、逆です。読みますね、』
ならば聴いてもらおうか、潤はスピーカーボタンをポチと押す。
『はじめてパソコン教室にお世話になりました。若い先生ですが教え方が上手く、おかげでプリンターもひとりで使えるようになりました。ありがとうございました、だそうです』
「そう、ありがとう、聴いてもらったよ…ありがとうね、」
潤はニィと笑い受話器を置いて、照れた良夢の顔を覗き込んだ。
「ね?自信持ってよ、」
「はい…」
「ふふ、さて…仕事しようっと…ぉ、」
鍵を開けてカウンターへ出ると、ミチタとパソコン教室の本部のスタッフが教室を窺っていた。
「あ、どうも、」
「所長、この度講師の授業態度についてご指摘があったみたいで、」
必要以上に遜ってこちらを気にするスタッフに、
「いいえ、私の勘違いだったみたいです。彼女は優秀ですよ?まだまだ頑張ってもらわないと、」
と潤は返してニッコリ笑う。
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