先生、マグロは好きですか?

茜琉ぴーたん

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2018・爽秋

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 その日の夜。

「ごめん、先生…待った?」

「全然、仕事でしょ?ボク運転しようか」

 予定時刻より20分遅れて、待ち合わせ場所に潤が車で乗り付ける。


 飛鳥は運転を代わり、リクエストに応えてあっさり系のごはん、郊外の回転寿司屋へと入った。

「わーい、寿司♡嬉しい!」

「うん、いっぱい食べよう…んで、昼間になんか沈んでた事も教えてよ」

「うーん…」


 ボックス席に通され向かい合って座り、先に椀物を注文した二人は熱々のお茶が持てず形だけの乾杯を交わした。

 おしぼりで手を拭きながら、やはりどこか浮かない顔の潤を飛鳥は心配してあれやこれやと世話をやく。

「注文しようか、何にする?回ってるの取る?」

「うん、あー、マ…サーモンにしようかな…」

「いろいろあるよ、3貫盛りにしよう、ね」

「うん、」

 何か言いかけた、おそらくそれは「マグロ」?出来すぎだが飛鳥が寿司屋を選んだのはわざとではない。

 元カレとの間に何かあるのか、奴のことが絡むと自分は正気でいられなくなる…飛鳥は自分を抑えながら潤が溢した醤油を拭いてやった。

「所長は不器用だねぇ」

「うん…ごめん…」

「なんで謝るの?可愛いから好きだよ、ボクがお世話してあげたくなっちゃう」

「うん…あ、くっついて…」

むぐぐと唇を甘噛みし、潤は席に届いた椀の蓋を開けようとする。

「ひっくり返すから、ボクがやるよ、ハイ、開いた」

「何から何まで…ありがとう…」

 潤は湯気の立つ赤出汁だしをすすり、甘やかされっぱなしの自分を不甲斐なく感じていた。

「所長、なんだか…気が落ちてるのかな?お泊りやめようか」

「違、う…ごめん、あの…た、食べながら話すような事じゃないんだけどね…」


 優しい飛鳥の対応に黙っていられず、潤はスマートフォンのメールアプリを開いて元カレからのキモメールを公開した。

「…なに…あ、元カレかぁ……………ふ、…………ほぉ………なるほど…どんどん所長に会いたくなってるわけだ…ロミオメールってやつだね」

「なにそれ?」

「んー、ネットスラング…なのかな?復縁要請のメールを総じてそう呼んだりするみたいだよ」

「へぇ…」

 キモでもロミオでもどちらでもいい。

 顔も忘れかけていたのにストーカーじみたメールを寄越してくるこの男に、潤はもはや1ミリの興味関心も割く時間も無いのだ。

「少し開けてもいい?」

「どーぞ…」

「ふーん………あぁ、彼女とは別れたっぽいよ?『独りになっちゃった』って書いてある」

「どうでもいい……美味しい……」

飛鳥に伝えて心のモヤモヤが少し晴れた潤は、レーンからマグロの3貫盛りを取って味わい始めた。

「そう?良かった。……マグロは美味しいよ♡ボクはよく知ってる♡」

「…なんの話?」

「マグロの話だよ。しっかりしてそうだけど不器用で、料理する相手によってすっごく美味しくなるマグロ、熱くしてやるとほろほろ崩れちゃって…いや、元マグロか。ふはっ」

「まだ早いよ、もう…」

箸を咥えて頬を赤らめ、そんな彼女を見た飛鳥は満足そうに寿司を頬張った。

「先生…これさ、メール…どうしたらいいかな、さっき話した通り…神戸の法人には伝えてはおいたんだけど…しらみ潰しに各店舗回られたら…」

「うーん、『彼氏がいるからゴメンナサイ』じゃダメなの?」

「諦め…るかな?…そっか、話が通じないと思い込んじゃったけど、言ったら聞くかもしれないね…」

元々はちゃんとした社会人だったはず、潤は大人の対応を期待してメールを打つ準備をした。

「ボク、書こうか?」

目の前で彼女が元カレにメッセージを送るのを見たくない、飛鳥は鋭い目つきでスマートフォンに手を掛ける。

「あ、いいの?」

「ウン…彼氏ですって言えば引き下がるかもよ?んー…『ジュンの恋人です。ジュンは僕と幸せに暮らしているので近付かないで下さい。ジュンはもう、ムラタを退職しています。関係のない店に迷惑をかけないでもらいたい』…こんな感じ?」

「おぉ…お願いします」


 飛鳥は至極丁寧で威厳がありそうな言葉を選んでメールを書き、元カレ・ケンタへと送信した。

「なんか…スッキリした…ありがとう、先生」

「いいよ…このまま終われば、ね」

「んー…」


 またしばらく寿司を楽しみ、そろそろ満腹という頃、潤のスマートフォンの着信通知が鳴る。


「……先生、開けてくれる?」

 潤が計算してない上目遣いでお願いをするので、飛鳥はうんうんとスマートフォンを受け取る。

「……えーと、『嘘ついたってダメだよ、メアド変えてないってことは俺からの連絡を待ってたってことだろ?じゃあ直接店に行って、聞くからいいよ、恥ずかしがり屋だなぁ』…だって、救いようがないね」

「はぁ…こんな人じゃなかったのに…」

「うーん……電話番号は残してる?ボク掛けてみようか」

「エっ…いや…悪いよ…もうメール拒否して終わらせたい」

「でもそしたら来週、神戸の店にコイツ来ちゃうよ」

「うわーあー…」

 とりあえず飛鳥は取り乱す潤をなだめて寿司屋から連れ出し、そのまま決めていたホテルへと連れ込んだ。
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