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2018・爽秋
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しおりを挟むとある日の事務所での昼下がり。
飛鳥と交際を始めてもうすぐ1年、仕事もプライベートも充実しているはずの潤にはここ最近悩みがあった。
数日前にスマートフォンの設定をし直した頃から、使っていないアドレスにとあるメールが山ほど届いていることに気が付いたのだ。
件名:どこの店舗だっけ
件名:会いたいな
それはかつて使ってはいたがもう化石となって忘れていたキャリアメール、不要だからとメールフォルダに未設定だったそのアドレス宛てだった。
件名:元気か?
件名:夏バテしちゃったよ
これが稼働していたのは数年前、潤がまだギリギリ二つ折りのガラケーを使っていた頃の名残である。
件名:あったかくなってきたな
件名:新しい彼氏はできそうか?
そのメールは1年前からおおよそ月に1通、この半年では週1ペースで届いており、開封せずともタイトルで全てを察するような物であった。
件名:彼女と呑む酒は最高だわ
件名:お前の荷物捨てたからな
下へスクロールすれば段々と強気な発言になっていく、言い換えれば最近になればなるほど態度が軟化してきているということだ。
言わずもがな、この差出人は3股した挙句に潤を「つまんねえマグロ女」と手酷く振った元カレ・ケンタである。
彼女が発掘したのは、今更どういうつもりかなどと聞きたい気持ちも起こらないほどに清々しく未練がましい、復縁要請メールの山だった。
「……きもっ」
潤は下瞼をひくつかせて、普段吐かない汚い言葉を言い捨てる。
久々に開いたアプリのパスワードが分からず再設定の作業中、登録元のアドレスをフォルダに復活させたところ、そこには未開封のキモメールがびっしりと並んでいたのだ。
さっさとパスワードの再設定用空メールを送り、運営からの返信を待つ間にも1通届いた。
件名:今度、遊びに行くわ
ムラタは全国展開で系列も併せれば千何百と店舗数はあるが、中でも法人事業部を設置している店舗は限られている。
市の最も大型店に1か所あるかどうかくらいのレア部署だ。
そして、ホームページの店舗情報には各店舗の取り扱い部門がアイコンで表示されているため、県と市さえ分かれば簡単に店舗が絞れてしまう。
「………ウソでしょ…?」
元カレの虚勢だと思いたいがタイトルから伝わる空気は尋常じゃない。
電話はとうに着信拒否設定しているから掛かっては来ないだろうが、向こうが番号を変えていればそれも意味が無いだろう。
潤は恐る恐る、本文をタップで開いた。
『兵庫だったよね、神戸だから中央本店かな?来週旅行がてら、顔見に行くよ。お前が仕事してる間は観光して時間潰すからさ、終わったら連絡くれよな』
「……違うし」
幸い奴は街を勘違いしているようだからすぐの突撃は避けられそうだが、関係ない店舗でも「清里はどこか」と客に尋ねられればスタッフは今の店を教えてしまうかもしれない。
教えないでくれと通達するのは簡単だが、著しく個人的でしょうもない事のために自分の名前を出すことには気が引ける。
相手は格上の店舗だし、自身の「女」をアピールするようで屈辱感もある。
しかし何かあってからでは遅い、潤は早めに休憩を切り上げてフロアに降り、法人カウンターの外線から神戸の店舗の法人直通ダイヤルへかけた。
「お疲れ様ですー清里です。先日はどうもー…あの、折り入ってご相談があるんですけど…」
家族といえどもスタッフの転属先は教えない、管理職ともなればその辺り徹底しているのだが、いかんせん法人事業部は中途のオジサマ達が好き勝手動いているパターンが多い。
馴染みで~とか得意先で~などと口車に乗せられれば簡単に個人情報を喋ってしまう者もいるのだ。
「ええ、そんな訳で…すみません、個人的な事で…はい、そのような者に尋ねられても跳ね返して結構ですので…はい…失礼します…」
文書に残すより良いだろうと思って自分の口で説明したがなかなかの疲労感。
しかし向こうの所長は信頼できる人格者なので真剣に話を聞いてくれて助かった。
「所長…大丈夫?」
疲れた様子の潤を見かねて、隣のパソコン教室から飛鳥が顔を覗かせる。
彼は今日も長髪でマスク姿、しかし最近眉毛の形を変えたからか中性的ではあるが女性には見えなくなった。
「うん、大丈夫…」
「こっち来て休む?」
「いや、お昼済ませたばっかりだから…遠慮しとくよ」
「なら、お茶淹れるから飲みなよ、持ってきてあげる」
「うん、じゃあお願いします」
飛鳥は教室内のウォーターサーバーで自前のハーブティーを淹れ、こっそり置いてある潤のマイカップで出してあげる。
「はい、リラックスだよ」
「ありがとう、先生…あの…詳しくは夜話すから…あ、手…離して♡」
潤はカウンターの陰で太ももを触る飛鳥を嗜め、その手をぎゅうと握り返した。
「うん、今日はどのホテルにする?ボク決めていい?」
「どこでもいいよ…ここら辺はほぼ全部回ったじゃない…」
細い指の股に自身の指をねっとりと絡ませ、飛鳥はマスクの下でニヤニヤと笑う。
「そうだね…まぁ考えとくよ…食べたいものだけ何となく教えて?」
「んー……」
彼女の脳裏にふと、元カレによく作っていたカレーが浮かんだが、それを今夜選ぶのは飛鳥に失礼だと判断した。
「あっさり系…かなぁ…」
「うん、分かった。じゃあ戻るね」
「お茶、ありがとう」
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