先生、マグロは好きですか?

茜琉ぴーたん

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2018・新緑

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「………」

飛鳥あすかは息を呑んだ。

 見慣れた彼女の部屋の片隅に、男の自分に馴染みのある形を模した張り型がケーブルで繋がれて勃って、いや立っているのだ。

 ファスナータイプの食品保存袋に入れられたソレは本体の根本にあたる部分にグサリとジャックが挿し込まれ、おそらく充電ランプなのだろう、付近が赤く光っている。

「……あー…」

 正直、この類の物は仕事で見慣れているし、女性にだって当然性欲はあるだろうし抵抗はない。

 女性向けの販売サイトだってあるくらいだ。

 いわゆる自慰行為を自分磨きだとか中イキのトレーニングだとか呼びやすくして抵抗を無くし、さらにネットなら中身が分からないように届けてくれる。

 しかしソレを彼女が所持している事が重要なのだ。

 性に関心が薄かった彼女が、コレをどんな顔で吟味して購入して…いや、所持していることなどどうだって良い。

 飛鳥が懸念しているのは「彼女はまだ足りないのか」という疑いであった。



 今週はじゅんの危険日週にあたるので、昨夜は観たかった映画のレイトショーに二人で出かけ、日付が変わる頃に彼女の自宅アパートへ戻ってそのまますぐ寝てしまった。

 その時は部屋も暗かったし、夜が明けてシャワーを浴びて出てきた今の今までこの充電に気付かなかったのだ。

 ともあれしけ込むにはまだ早すぎる昼前だし、こんな物を見つかったとなると彼女は恥ずかしさで発狂してしまうかもしれない。

 飛鳥は潤自身でソレを退避させるよう仕向ける。


「…ジュンちゃん、どこかコンセント借りていい?スマホ充電したくて」

飛鳥はリビングに扉1枚で直結した寝室へ入り、まだむにゃむにゃと微睡まどろんでいる潤に声をかけた。

「うん…いいよー…テレビ台の左の……‼︎…あ、ちょっと待っ……」

 潤はがばと勢いよく布団を跳ね上げてリビングへ向かい、カチャカチャと何かを回収し、不自然なカニ歩きで後ろ手に何か隠しながら赤い顔をして戻ってくる。

「あ、どこでも使って……」

「ありがとー(良かった、とりあえず隔離成功…)」

何事も無いフリをしてリビングへ戻り、飛鳥は残量80%に近いスマートフォンをケーブルに繋いだ。



 自分で淹れたコーヒーを可愛いマグに注ぎ口元を隠しながら、飛鳥は彼女がソワソワと顔の火照りを冷ます様子をただ眺める。

 平然も装えていない、人に見られそうになっただけでこんなに頬を染める彼女が、どんな顔をしてアレを使うのか。

「(当てるの?挿れるの?突いたりできるの?)」

 大体デートは週に1~2回、二人の休みの前夜から落ち合うのがほとんどで、潤の生理日を除いては何らかの性的なことをしている。

 それはセックスだったり手淫や口淫だったり、まぁ確かに道具は使ったことが無かったので彼女が興味を持っても不思議ではない…が、しかしだ。


「(控えめに言っても月の3分の1は一緒に居てイチャイチャしてるのに、まだ足りない…?昨年までマグロだった子がぁ?)」

 そう、彼女はセックスが淡白で受け身すぎて、いわゆる「マグロ」状態だったから前の彼氏に振られているのだ。

 その彼女の資質を揺り起こし、セックスの楽しさを体得させたのが飛鳥である。

 なので、彼と付き合う前から性の玩具を所持していたとは到底考え辛い。

 それこそトレーニング用に独り身の僅かな期間に購入した可能性もあるが、もしそうだったとしても先程まで充電していた、つまりこの数日のうちに使う予定があるか既に使った、ということは間違いないのである。
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