先生、マグロは好きですか?

茜琉ぴーたん

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2018・早春

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「所長大丈夫だった?気持ち悪くない?」

ビニール手袋を外しながら、飛鳥が潤を気遣う。

「う、うん…すごかった…」

「ふふ、良かった。ボクの興が乗ったら後ろの開発したりもするけど…今日は大人しかったね。あとさっきの客、ビギナーのフリしてたけど調教済みだと思うよ。流れがスムーズ過ぎた」

「ほぇ…」

「さーて、帰ろうか。ここ汗臭いから感想は車の中でね、どうせ持って帰って洗うからその上に服着ちゃってよ」

自分はサクサクと着替えながら、潤の脱いだ服を入れたボストンを差し出してニッコリと笑う。

「いや、これからご飯食べに行くんでしょ?」

「ううん、このままホテルだよ。所長のボンデージ見て興奮しちゃったから。はい、あと3分で出るよ」

 この間にも、フロアーの他の個室から肉を叩く音、男の悦びの悲鳴、女王様の高笑いが聞こえてくる。

 ふと「私は何をしてるんだろう」と潤は浮き世が恋しくなり、急かされるままにボンデージスーツの上に私服を重ねた。

 そしてブーツとマスクだけは控え室に置いて、ギクシャクしながら店を後にする。



 ビルの近くのパーキングまで歩いて戻り、車に乗り込んでやっと潤の気持ちが落ち着き、

「すごい世界…いやらしいって言うか…清々しいくらいエロかった…」

と助手席で感嘆の声を上げる。

「ボクの事嫌になっちゃってない?オジサンをしごいたこの手に抱かれる気になる?」

「あー、んー…オジサンはまぁ…ともかく…前だったら嫌だったかもしれないけど、そこらへんのカップルも似たようなエッチなことはしてるよね?そう思うとあんまり気にならなくなっちゃった」

「似たようなことはだいぶ特殊なカップルしかしてないと思うけど……」

飛鳥は困り眉毛をして苦笑する。

「私でさえ、縛られたり叩かれたりはした事あるもん…先生がお金貰ってしてる事を汚いとは言えないや」

「待って、前の男にそこまでされたの⁉︎聞いてないよ」

潤の初耳エピソードに、飛鳥は赤信号で停まるまで目線をチラチラと落ち着きなく動かした。

「言ってないもん…嫌な思いするかと思って。軽くだよ?向こうも私をどうにか興奮させたかったんじゃないのかな?まぁ、そんなに良くは無かったよ」

「男のモノ握ったボクが言える事じゃないけどさぁ、ジェラシーだわ………あ、所長、そこ寄ろうか」

「うん?うん」 

そこは自宅からまだまだ遠い国道沿いの深夜営業のディスカウントショップ、酒でも買い足すのかと思い軽く返事をする。


 駐車場の入り具合を確認し、店に入る前に飛鳥は潤に自身のサングラスを着けさせた。

「一応、管理職だからね、隣街と言えども用心ね」

そう言って自身もマスクをして、彼女の肩を抱きごちゃついた入り口から店内へ入る。

「んッ…」

歩けば潤の服の下の革がピンと張り、しなり、その非日常を無視できず思わず顔を強張らせた。





 衣類・雑貨・ブランド品…酒に菓子に日用品。

 ほぼ何でも扱っているこの店の中ほどのピンクカーテン張りの小部屋の前に、飛鳥は潤の肩をガッチリと抱いて立つ。

「所長ここ、何が置いてあるか知ってる?」

「?知らない……あ、うわ…」

「ふふ」

彼は早々とカーテンをくぐり、潤にアダルトコーナーを見せてその反応を楽しむ。

 スキン・ラブグッズ・ランジェリー・AV、オナホール…棚の裏からは来訪者の欲情をかき立てるようにピンクのLEDがチカチカと光っていた。

「うわ……」

「ボク、ゴム使い切っちゃったからさぁ、所長が新しいの選んでよ」

「え、え~…どこ…ぎゃっ⁉︎」

すぐ隣に吊り下げられていた男性器型の模型に頬を打たれ、潤は短い悲鳴をあげる。

「はは、立派なごろちゃんだ♡ねぇ、所長?」


 二人の間では、潤が気軽に口に出せるように男性器を「ごろちゃん」、女性器を「めめちゃん」と呼ぶよう取り決めがある。

 決めただけで呼んではいないのだが。

「うげぇ…もぅ…どれ?同じ銘柄でいいの?」

「違うやつでもいいよ。自分が責められたいのを選ぶんだよ、所長♡つぶつぶ?極薄?業務用にする?」

「お、同じメーカーにする…どっちが良いの?わかんない…」

 困った顔の両端にスキンの箱を並べ、お伺いを立てる潤の姿は罰ゲームの様相で実にエロティックだった。

「0.02にしようか、これね、あ、ガーターベルトついでに買っとこうよ♡何色がいい?」

「………黒で…」

「じゃあこの蝶々が付いてるやつにしよう♡ストッキングはコレ…所長持って、レジ行こう。支払いはボクするから」

 彼女は隠すようにスキンの箱とガーターベルトとストッキングを持ち、カーテンの外に連れ出される。


 「まさか」と思ったが雑貨の会計は出口付近の集中レジだけで、食料品やティッシュなどを持って並ぶ客の中に混じらなければならなかった。

 0時近くても客足はコンスタントに途切れず、それでもなんとか列が無くなるのを見計らって潤はレジへ足を進める。


「お願いします…」

 しかしバーコードスキャンしたスタッフが買い物袋に手を掛けた瞬間にすかさず飛鳥は

「テープでいいです」

と言い放つ。

 固まる潤を尻目にこの性悪は彼女の腰に手を回して、マスクの下でニヤニヤと笑っていた。


「ありがとうございましたー」

「ほら、持って、帰るよ」

会計済みの3点とお釣りを潤に受け取らせ、機嫌良く飛鳥は店を出る。


「……~~~先生っ‼︎なに、なん…もう、なんなの⁉︎」

「ぷはは、恥ずかしかった?真っ赤になってたね、サングラスあって良かったぁ♪」

「ひど…もう……」

 サングラス越しに伏し目がちに照れる潤の耳に唇を当て、

「恥ずかしかった?……その気持ちのままでホテル行こう」

そう男はそっと囁いた。
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