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4…リベンジ
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しおりを挟むタクシーで自宅近くのバス停で降ろしてもらい、散歩と酔い覚ましがてらゆっくり足を進める。
夫は何を買って食べたのかな、散らかってないといいな。
マンションの駐車場に入るとこちらに面したリビングに明かりが点いているのが見えた。
「…ただいまぁー、うわ」
「おかえり」
廊下からリビングへの扉を開けると夫が仁王立ちで待ち構えていて、しかしその様相は怒っているようには見えない。
「どこ行ってた?ひとりか?」
「居酒屋。学生時代の友達と2人で」
「ふーん…いつも履かへん靴やん、その服も見たことない」
一丁前に疑うんだ、偉そうに。
酔った頭は普段より穿ったフィルターに彼を通す。
「久々に外で呑みだからお洒落しちゃったぁ」
「…楽しかったんなら良かった」
そう言う唇はつんと尖ってふて腐れた子供のよう、
「勇太は何食べたの」
と聞けば
「何も」
と返って来た。
「え?お金置いてたじゃん、適当に買って食べてよ」
「あのなぁ、あんな言い方やと…出てったんか思うやろ」
「既読だけで返事しなかったじゃん」
「仕事中やったから…藪蛇になって悪化しても嫌やし…無一文やからとりあえず帰って…どないしよか考えとった」
「……何か作ろうか?」
非常食のラーメンと冷凍したカレーならあるかな、私はどれを使えばストックを効率良く減らせるか思案する。
簡単でジャンクというか初級料理しか作らなくなったのは夫への当て付けだけど、彼は文句どころか「美味い美味い」と食べてくれるので半端な材料もまるごと煮込んだりして冷蔵庫は前よりスッキリしていた。
「ええんか」
「そりゃあ…凝ったものでなければ」
「なんでもええ、千里のメシが食いたい」
「よく言うよぉ……それが堅苦しいって道草食ってたくせにぃ…ぁ、」
酔いのせいか思っていることが口から漏れてしまった。
当然隣に居た彼にもそれは届いていて、私はそそくさと台所へエスケープする。
「千里、すまんかったって」
「……良いって、元々ガッツリ食べたい人なんだもん、希望に添えなかったのがいけないの」
自己犠牲、被害者精神、謙ったこの姿勢はきっと彼からすれば針の筵で落ち着かないに違いない。
けれど反論すれば逆ギレになるし私が泣きでもしたらもう修復不可能になるだろう。
彼はしょんぼりと食卓へ着いた。
冷凍の茹でキャベツに豚コマが少し、電子レンジで解凍にかけている間に炊飯器のご飯を確認する。
ちょうど2つはおむすびができそうだ。
朝食用の味付け海苔と混ぜ込むだけのヒジキを出してご飯をボウルへと移した。
ヒジキを混ぜて冷ましている隙にケトルに水を入れてスイッチオン、戸棚から頂き物のフリーズドライ味噌汁のパックを出しお椀へセットする。
「……」
せかせか動く私の背中には彼の視線が刺さる。
力仕事ならば手伝わせるのだが台所では隣に立たれても邪魔なので見られているだけならまだやり易い。
温めたフライパンにキャベツと豚肉をバラして置いたら焼肉のタレをドパー、ニンニクの匂いなんて気にしないらしいからこちらも気にせず使わせてもらう。
弱火で蓋をして手を濡らしたらご飯を握る。
海苔は多めに2枚ずつでパリパリよりシットリに仕上げた。
火の通った肉野菜炒めとおむすびを同じ皿に載せてお椀と一緒にダイニングへ届け、卓上でケトルの湯を注ぎ豆腐の味噌汁が完成する。
「はい、どうぞ」
箸を渡したのに
「ありがとう、いただきます」
と素手でおむすびを掴むワイルドさ。
私はこれが好きなんだよなぁとため息が漏れた。
「ごゆっくり」
明日の分のお米を炊飯器へ仕掛けて後片付けをしていると、早食いした夫がシンクへ食器を片付けに来る。
「はや」
「美味かった…ごちそうさま」
「え…ちゃんと噛んだ?食べて2時間は寝ない方がいいんだよ?明日も仕事な」
「千里」
シンクのステンレスの底を叩く水の音が響く台所で、夫は実にひと月ぶりに私へキスをした。
「え、」
「病院行った?もう治った?」
「うん、昨日行ったけど…完治してるって」
「良かった、俺も昨日空き時間に行って来てん、治ってる…千里、抱きたい」
「……」
気色悪い。
抱き締められた体がぶるっと震って拒否反応を示す。
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