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「あー、気付いた?せやねん、好きにしてええって父さんが言うからさ、堅苦しうない感じでそれにしてんけど……あ、そのメニューの写真も載ってるから…その写真で惹かれたわけか」

「たぶん…無意識にというか意識的になのか…目が止まっちゃったんですね……ははっ…運命的…すごい…」

 ぷりっと丸く可愛い特徴的な字体、ツノが生えて目玉が描いてあったりと面白くうるさいそのフォントは我らがネヤガワラもコンビロゴに愛用しているフリーフォントだそうだ。

「サブリミナルすご……いや、ご縁やなぁ、」

「んー…不思議…このまま会えなかったら…私はもっと迷って泣いて暮らしてたとこですよ」

「ふむ…仕事が落ち着いたら『ぴくさ』にコメントでも入れたやろうけどね…いや、ごめん、軽んじてるとかやないよ、ほんまに…忙しかってん。あ、パスワードの再設定でもいけたんか……いやもう……改装とか仕入れとか…勉強することが多くてな。すまんやで…俺も…トンボちゃんと話するんは楽しかったしな。あんた、小説もおもろいよ」

 推しと同じように「あんた」と私を呼ぶその口調は大阪弁とは少し訛りが異なって、しかし耳に心地よく優しく響く。

「あのー、今更ですけど…創作小説だから推しがご都合主義に動かされたりしてるんですけどその辺り…ご理解が…」

「あるから読んでんねん…創作やからね、BLは読まへんけど…知った人が登場人物ならそれだけで分かりやすいし…何べんも言うたけど、リアリティがあっておもろいよ、本人が喋っとるみたいなー……おっと…もうこんな時間か。引き留めてもうてごめんね」

「い、いえ、長々と居座ってしまってすみませんでした」


 ダイレクトメールやコメントの応酬では伝えきれない想いを彼はたくさん話してくれて、夕方の営業が始まるというので私はぼちぼち退店することにした。

「うん……こういう話を…したかってんな、オフ会またしよな、」

「…はい…」

「近々、タブレット買う予定やから…店でも開けるし…したらもっと会話しやすいかもね、」


 会計口にてランチ料金を支払い、彼は店の外まで見送りに出てくれる。

「それはいいですね」

「もう午後公演も終盤の時間やな…気を付けてな、ほな…またね、」

「あ、ルイスさん、あの、お名前…」

本当に今さら、でもここまで身元が割れたなら本名を是非に知っておきたかった。

「あー、すまんすまん…るい笠置かさぎ類や」

「あ、私…中津川なかつがわ優美ゆうみです、『類』さんだから『ルイス』なんですね」

「そう、もじっただけ。トンボちゃんは?なんで?」

「たまたまです、初期のアイコンの写真がたまたま撮った風景写真で…アキアカネって蜻蛉とんぼが写り込んでたので…『トンボ』って。創作もその名前で、」

「そうかぁ、…また来てね」

「はい、あの……ライブも…次があれば…ご一緒したいです」

「うん、行こう」

「では、失礼します」

 挨拶して進んだものの店が遠くなるまで私は何度も振り返り、その度に彼は手を振ってくれて、二カァと笑ってくれていた。


 駅へ向かう私の足取りは来た時とは対照的に軽くふわふわと舞うようで、自分を肯定し支持してもらえた喜びと復活した交流、そして奇跡の出逢いにとんでもなく精神が高揚する。

「憶えてること…メモしなきゃ…」

電車の中で私は朧げなライブの記憶から萌えポイントをサルベージし、スマートフォンのネタ帳へと書き出していった。

「これはいける…あ、あのウズさんの表情が良かったな…」


 帰宅した私はすぐに執筆活動に入り、怒涛のタイプスピードで興奮を詰め込んだ2000字程の叙情的で臨場感に溢れる(当社比)作品を夜10時に『ぴくさ』へ投稿した。


『新作ええやん、会場の空気が手に取るようにわかるわ。二人の汗の描写のところ、俺好きやな。俺も行きたかったわー』


 仕事が終わって読んでくれたのだろう、彼は一番にイイネを付けてくれ、SNSに喋り言葉で感想をくれた。

「ふふっ」
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