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 さらに間の悪いことに、廊下に悠里の父・幸司こうじの足音が聞こえ始めた。

 パタパタと独特なスリッパが床を打つ音、そしてその音はこの部屋の扉の前で止まる。

「(おじさん…!)」

 コンコンとノックが聞こえて、「はい」とどうしてかイヤホンをしている悠里が応える。


「開けるよー、悠里、夕飯を先生も一緒に……あれ?心平先生は?」

扉を開けた幸司は、そこに居ない心平について尋ねる。

「(どうしよ、家庭教師がこんなとこに居るの、おかしいよ…)」

 すぐに「ここに居ます」とイスを押し出せば良かろうに、気の小さい心平は言い出すタイミングが測れない。

 扉が開いて数秒経てば、もう明かせない。

 だって、家庭教師が生徒の足元にしゃがみ込んでいるなんて…おかしいことしかない。

 どうしよう、どうしよう、と考えているうちに、ずいずいと悠里の脚が迫って来る。

「先生は今、トイレだよ。戻ったら伝えておくよ」

口ではそう父親に返し、まるで足癖みたいにキコキコとイスを動かす。

 迫っては去る少年の股間に、心平の頭はパンクしそうになっていた。


 若い男子とはいえ、至近距離まで近付けば股間特有の匂いがする。

 体液のすえたような、いわゆるイカ臭いみたいな匂いだ。

 心平は男の子が好きという訳でもないが、二十歳を過ぎても女の子に縁が無い。

 恋愛に関心はあるも、踏み込むバイタリティーは足りずというところだ。

 大学を卒業して働くうちにご縁があるのではないかと…何となく想像するくらいの熱量だった。


 なので、同性とはいえここまで下半身が間近にあれば、緊張はしてしまう。

 そもそもが家庭教師だから、生徒に手を出すなんてもってのほかだ。

 しかも未成年、しかも交際もしていない同性なのだから性的いたずら、犯罪性が高い。

 心平は早く時間が過ぎろと、幸司が去るのを待った。


「よろしくね、頑張ってー」

「はーい」

父が去り、悠里はふぅと息をつく。

 そしてやっとイスを引いて、

「先生、いけないんだ♡生徒の足元で何してんのさ」

と真っ赤な心平を見下ろした。
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