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しおりを挟む長年共に働いても職場で見せる顔などはその人の全体のほんの一部だ。
それは当たり前なのだが、初対面の両親とキャッキャはしゃいでいる彼女が同僚・清水薫だとは音声だけでは認識できない。
しかしうっすら目を開け窺えば頬を真っ赤にした薫が自分の父へお酌を返していて、「僕より先に親父にお酌すんのかい」と不思議なジェラシーさえ湧いてくる。
これが責任感というものなのか、違うだろうが聡太はマグカップの緑茶を飲み干して
「薫ちゃん、僕にも注いでよ」
と薫へ差し出した。
「え、あ、うん」
「少しで良いから」
「…うん…」
赤い蓋の果実酒用の瓶を持ち上げて傾けて、薫はふるふる震えつつも初めて急拵え婿・聡太へ梅酒を注ぐ。
「聡太、あんた薫さんを幸せにしなさいよ」
「あぁ」
「薫さん、つまらない息子ですけどよろしくね」
「はい」
「(外堀から埋めて…策士だな、ちくしょうめ)」
聡太は父手製の梅酒をぐびっと呷り、ぷはと息をついたらもうなんだかどうでも良くなってしまった。
悪い話ではない、まぁ美人で仕事もできる女性と夫婦になり一緒に暮らせる。
しかも家事もしてくれて家計も別とあれば実家に居るのとそう変わらない。
薫は表向きは良い妻を演じてくれそうだしそれに付き合えば良いだけ、妻帯者の肩書きをぶら下げて周りからの評価も変わるだろう。
そして何というかクールな薫を落としたなんて男として一目置かれるんではないかという仄かな期待、そんなものもふつふつ湧いて来たりする。
それにしても薫の肝の据わり方といったらない。
夜更けに訪問して追い返されても文句は言えないというのに両親の懐へすんなり入り込んで酒まで酌み交わして。
主導権を握られて受動的に生きるのも嫌いではないし楽ではあるかも、
「(…悪く…ないね…うん…)」
聡太は追い酒に思考を占拠されてギリギリの理性でなんとか椅子に座り家族の会話に耳を傾ける。
将来的にこの4人でこの家で暮らすことがあるかもしれない…明るい未来が感じられ、しかし数分後にふつんと回路が遮断された。
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