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しおりを挟む「…ここか」
薫のアパートからはタクシーで20分ほど、聡太はとある田舎町へと降り立った。
時刻は昼前。
約束はしているが一応腕時計を確認してから家屋へと続く短い坂を上がる。
「清水……間違いないね」
玄関の表札には知った苗字…つまりはここは薫の実家であった。
聡太は朝のうちに寝室の箱に収められた社員手帳をもう一度改め、一冊拝借して背中のリュックへ入れている。
聡太が欲しかったのは薫の実家情報だ。
真面目な彼女はきちんと巻末に氏名・生年月日・電話番号を記入しており、『緊急連絡先』の欄にも実家と思われる電話番号を記していたのだ。
聡太はしめしめとそこにダイヤルし、電話に出た老婦人と少し話をしてここを訪れたという訳である。
「こんにちはー」
チャイムを鳴らせば電話と同じ高くて品の良さげな声が聞こえて、重い引き戸がガラガラと開く。
「いらっしゃい」
「あ、先程お電話した望地聡太です」
「はい、薫の婆ちゃんです、上がって上がって」
小柄は婦人はスリッパを揃えて小上がりに置いてくれて、聡太は少し窮屈なそれを履いて居間へと通された。
「すみません、急にお邪魔しちゃって」
「ええて、はい、粗茶ですが」
「ありがとうございます」
柱の傷、シールの貼られた本棚、何かで受賞したトロフィー。
自身の実家と似た雰囲気に、聡太はすぐほっこりして肩の力が抜ける。
ここで薫は育ったのだな、今回はひとりでの訪問だがまた揃って来てみたいと思えた。
「…望地さん、それで、薫と結婚するって?」
「そうなんですよ、神奈川で長く一緒に働いてまして、ようやく…という感じで」
「そりゃええご縁があったもんやねぇ」
「まったくです…今日は薫さんが仕事なので、僕だけ来てしまいました」
薫の両親は夕方には帰宅するらしい。
聡太はとことん図太く振る舞い時間まで家で待たせてもらうことにした。
炊飯器に余ったご飯と頂き物だという蛤の佃煮で昼食を摂ってゆったり昼寝をして。
お祖母さんから薫の幼少期の話を聞いたりして。
まるで我が家のように聡太は清水家を満喫する。
ちなみにだがここの住所も手帳に書いてあったから知ったのであって、電話口で喋ろうとするお祖母さんに聡太はきつく口止めをした。
不審者が上がり込んで変なことをしないとも限らない。
なので後手後手ではあるが聡太は免許証と社員証をしっかり見せて「今回は特別ですよ、他にこんな不審者が来ても家に上げたり住所を喋っちゃダメですからね」と自分を棚に上げ釘を刺した。
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