ライアー・ブライド…真面目な僕らの偽装結婚

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
46 / 73
7

46

しおりを挟む

 側面に書かれた表書きは『M』。

 油性マジックで乱暴に書き殴られたその文字に、聡太はもしや望地自分のイニシャルなのではと心が騒いだ。


 勝手に開けてはいけない。

 けれど見たとしても証人も居なければ証拠も無い。

 クローゼットにはスペースに余裕があるのにわざわざここに置いているこの箱、ゴミならそう書けば良いし引っ越し前に棄てて来ても良かったはずだ。


 聡太は心中で「ごめんごめん」と拝みつつ、被せてあるフラップをめくる。

 そうすると中にはピンク色の巾着袋があって、下着類だとまずいななんて思いつつも角張った質感が見て取れたのでゆっくり紐を解いた。


「………あ、懐かしい…」

 目に飛び込んで来たのは社員手帳、1年に1冊ずつ会社から配布されるスケジュール帳だった。

 年間・週間のカレンダーとアドレス帳などが付いた一般的なものに、全国系列店舗の連絡先や『接客の心得』や社訓などムラタ特別仕様が足された社外秘グッズである。

 毎年カバーの色と質感は変えてあって表紙には年度の印字があり、スタッフは常にこれを携行し朝礼で売り上げ目標や予定を書き込んだりする。


 苦労や努力の集積みたいなものだから思い出と言えばそうだし捨てられやしないが、かといって見える場所に置いておくようなものではないように聡太には感じられた。

 悪いと思いつつ一番古い1冊を取り出して捲ってみる。

 入社してすぐの初々しい薫の文字で覚えることや反省が書き連ねてある。


「最初の1年間は売り場同じだったんだよね」

 薫が入社した時は聡太は2年目だった。

 彼女は上からの打診でその後事務方に回り、聡太は色んな部門を経験しての現PCコーナー長である。

 少し先輩風を吹かせたことがあったかもしれない。

 困っていれば助けたし励ましたし、でもそれは薫にだけではなくて後輩全員に同じようにしてあげたことだった。

 だから聡太は数年働いても薫とは特別仲良くしたなんて意識が無く、彼女からの好意なんて感じ取れず「1年前から好きだった」の嘘さえも信用出来なかった。


 4月、覚えるべき事項のメモの中に『望地先輩、優しい』とのコメントを見つけ、聡太はほんのり喜ぶ。

 スタッフの印象と名前を書き込んでは暗記に勤しんでいたのだろう。

 他にも『大きい。童顔。』とそのまんまの特徴がメモされていた。

「…さすが、こまめに書き込んでるなぁ…しかし…」

 その日の売り上げややる事リスト、思い出には違いないがしょっちゅう取り出して見返すようなものでもない。

 そうか『M』は『ムラタ』のイニシャルだったのか。

 思い上がりを恥じつつも聡太はもう1ページ、もう1ページと手が止まらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【短編】愛することはないと、嫁ぎ先で塔に閉じ込められた。さあ。飛ぼう!

サバゴロ
恋愛
十年続いた戦争が終わり、和平の証として、両国の王子と王女が結婚することに。終戦の喜びもあり結婚式は盛大。しかし、王女の国の者が帰国すると、「あんたの国に夫は殺された」と召し使いは泣きながら王女に水をかけた。頼りの結婚相手である王子は、「そなたを愛することはない」と塔に閉じ込めてしまう。これは王女が幸せになるまでの恋物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

処理中です...