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しおりを挟む側面に書かれた表書きは『M』。
油性マジックで乱暴に書き殴られたその文字に、聡太はもしや望地のイニシャルなのではと心が騒いだ。
勝手に開けてはいけない。
けれど見たとしても証人も居なければ証拠も無い。
クローゼットにはスペースに余裕があるのにわざわざここに置いているこの箱、ゴミならそう書けば良いし引っ越し前に棄てて来ても良かったはずだ。
聡太は心中で「ごめんごめん」と拝みつつ、被せてあるフラップを捲る。
そうすると中にはピンク色の巾着袋があって、下着類だとまずいななんて思いつつも角張った質感が見て取れたのでゆっくり紐を解いた。
「………あ、懐かしい…」
目に飛び込んで来たのは社員手帳、1年に1冊ずつ会社から配布されるスケジュール帳だった。
年間・週間のカレンダーとアドレス帳などが付いた一般的なものに、全国系列店舗の連絡先や『接客の心得』や社訓などムラタ特別仕様が足された社外秘グッズである。
毎年カバーの色と質感は変えてあって表紙には年度の印字があり、スタッフは常にこれを携行し朝礼で売り上げ目標や予定を書き込んだりする。
苦労や努力の集積みたいなものだから思い出と言えばそうだし捨てられやしないが、かといって見える場所に置いておくようなものではないように聡太には感じられた。
悪いと思いつつ一番古い1冊を取り出して捲ってみる。
入社してすぐの初々しい薫の文字で覚えることや反省が書き連ねてある。
「最初の1年間は売り場同じだったんだよね」
薫が入社した時は聡太は2年目だった。
彼女は上からの打診でその後事務方に回り、聡太は色んな部門を経験しての現PCコーナー長である。
少し先輩風を吹かせたことがあったかもしれない。
困っていれば助けたし励ましたし、でもそれは薫にだけではなくて後輩全員に同じようにしてあげたことだった。
だから聡太は数年働いても薫とは特別仲良くしたなんて意識が無く、彼女からの好意なんて感じ取れず「1年前から好きだった」の嘘さえも信用出来なかった。
4月、覚えるべき事項のメモの中に『望地先輩、優しい』とのコメントを見つけ、聡太はほんのり喜ぶ。
スタッフの印象と名前を書き込んでは暗記に勤しんでいたのだろう。
他にも『大きい。童顔。』とそのまんまの特徴がメモされていた。
「…さすが、こまめに書き込んでるなぁ…しかし…」
その日の売り上げややる事リスト、思い出には違いないがしょっちゅう取り出して見返すようなものでもない。
そうか『M』は『ムラタ』のイニシャルだったのか。
思い上がりを恥じつつも聡太はもう1ページ、もう1ページと手が止まらない。
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