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しおりを挟むそれから6日。
「でもさ、私の実家を兄夫婦が継いでて帰れないとか、そういう可能性は考えないもんかね、本社人事もさぁ。問い合わせたら一応社宅の打診はあったけど」
仕事用品を箱に詰めながら、薫は初出し情報をさらりと告げる。
「薫ちゃんのお兄さん、結婚されてるんだ」
「うん、子供もいるよ。実家の隣に家建てて住んでる」
引っ越しは告示から1週間後、実家に帰るので物件探しに時間もかからないだろうと弾丸日程が組まれている。
今回はざっくり地元だからとUターン転勤の話が来た訳だが、確かに実家に住める可能性は100パーセントではないよねぇなんて笑いつつ聡太も梱包を手伝った。
本来なら荷造りや移動準備で数日有休を充てるものなのだが、「予定外の欠員が出ると部門のスタッフに悪いから」と薫は最終日だけ休みにしてシフト通り働いた。
これまで受けた案件の引き継ぎを各所と行いロッカーを片付けて、送別会さえも固辞して薫はさらりと店から去った。
「よーし…これで全部かな」
「少ないね」
「冬服とかは先に送っちゃったから。夜に作業してたの」
「周到だね…さすが薫ちゃん」
段ボール箱に蓋をしてテープで留めて、聡太は些か皮肉っぽく褒める。
聡太も今日は休みだから朝から手伝いをしていて、昼前にすっかり空になった部屋を眺めてはため息をついた。
ベッドは昨日自治体の回収に出したらしい、冷蔵庫や洗濯機もムラタのリサイクル引き取りに依頼して持って行ってもらったらしい。
結局何も相談してもらえず手を貸すことも頼んでもらえず…意を決して聡太が申し出れば、調理家電を処分するからと敷地内ゴミ捨て場へ運搬することだけを頼まれた。
そして今詰めたもので全て終わり、持ち上げようとする薫を制した聡太は「運ぶよ」と駐車場まで最後の箱を持ってあげた。
「ありがとう」
「うん…戸締まりお願い」
契約上退去の連絡はひと月前までには宣言しなければならないとのことで、次の次の月末まではこの部屋は薫が借主となっている。
なので来月退去立ち会いに来るのが薫との最後になるのだろう。
聡太はしんみりと階段を降りる。
転勤が決まってからあれよあれよと話は広まり同僚は別れを惜しみ、誰よりも近くで薫と接したはずの聡太は微妙な想いを持て余したまま残りの日を過ごした。
これまで通り共に食卓を囲みテレビを観て、主に仕事の話をしては何でもない雑談を交わす。
よそよそしく、白々しく、腫れ物に触らないよう恋愛絡みの話題に振れないよう気遣いつつ。
とても以前のように癒される家庭ではなかった。
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