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1月
22
しおりを挟む翌日。
3連休初日の土曜日、法人事業部の所長・清里潤の出産報告が本店へ入った。
「無事生まれたらしいわ」
「良かったわねぇ」
「女の子やて、3000グラム超え…お腹大きかったもんなぁ、ジュン頑張ったなぁ」
「……」
口々にお祝いを述べるスタッフの中、和田は浮かない顔をしていた。
彼は潤の代理、彼女が産後3ヶ月で戻ると言うのでその間の穴埋めである。
つまり、彼女が問題なく復帰できるとすればあと3ヶ月で本店からサヨナラということなのだ。
「せっかく……いや、やりすぎた」
彼はこのひと月半のうちに愛花に随分と心を開いてしまった。
接した期間の短さを感じさせない彼女の人懐っこさと愛嬌・話しやすさや包容力、数年来の友人と見まごうばかりの人柄に惹かれている。
誘われたのかと思って初詣もついて行った、繋ぎたいのかと思って手を取ってしまった。
きっと彼女は誰にだってあんな振る舞いなのに…和田は自分の恋愛スキルの脆弱さを恥ずかしく思うのだった。
「お、」
「あ、」
「なんや、和田…お前最近大人しいやん、腹でも壊してんのけ?」
和田は事務所前の自動販売機の前で天敵・守谷に遭遇し、眉を吊り上げられ挑発されても…どうも悪態をつく気になれない。
「……」
というのも和田は先月愛花に「守谷への羨み」を自分の口から話したことで、漠然とした苛立ちやモヤモヤがストンと腹に落ちて、そこまで彼へ噛み付くことが無くなったのだ。
どうやっても巻き返せない部分、学歴や結婚相手はもはや問題ではない。
出世は望みがあるがそれも…和田は開き直り、理想として守谷を追い始めている。
「守谷はええのー…毎日楽しいやろ」
「あ?そら楽しいけど…なんやねん、落ち込んでんのか?」
純粋に羨む気持ちを伝えられると守谷も調子が狂い、よくよく考えればここ数年まともな会話をしてなかったことに気付く。
売り上げは快調だし昨夜は嫁を抱いてスッキリしているし、上機嫌だったため和田への当たりも柔らかくできている。
「いや?………お前は何でも持ってんな、家庭も仕事も…順風満帆やろ…ええのー」
「どないしてん…ほれ、コーヒーやるから、元気出せ、な、」
守谷は買ったばかりの缶コーヒーを和田に渡し、買い直すためポケットの小銭を探った。
「おおきになー…」
「なんや、仕事のことか?店長にでも…」
「とりあえずモチベーションやなー…」
「うん?」
「俺はお前を人生の目標にするわ…」
和田は気を持ち直してコーヒーを一気に呷り、
「ほなな、」
と口を拭って缶を捨て売り場へ降りて行く。
「なんや…忙しさで壊れたか?」
気味が悪そうに守谷は和田の精神状態を心配し、長年の軋轢は一旦無くなったのだった。
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