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12月

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 数日後。

 この日、早番勤務の和田はタイムカードで退勤を押した後にカフェコーナーに出向いて、愛花に無料のコーヒーを注文していた。

「あら、所長…ホットでいいですか?」

「うん、頼むわ」

和田は真剣というよりは元気が無さそうな面持ちでコーヒーを受け取り、19時30分に席へ着くと資料を熟読し始める。

 このコーナーは20時にはオーダーストップで客がけ次第閉めてしまうのだが、和田は時計を気にする様子もなく腰に根を生やしていた。

 気が済んだら勝手に帰るだろう、愛花はカウンターへ『本日の営業は終了しました』の札を置いてメインレジの手伝いに入る。


 20時30分、レジの手伝いが終わって私物の水筒を取りに戻った愛花は、テーブルになおも居残っている和田の姿を見て驚いた。

 ただでさえ険しい眉間に更に深いシワを刻み、難しい顔でまだ資料を読み込んでいる。

「えー…」

 管理職だし店自体はまだ開いているし、厳密には問題という問題は無いのだが、ここに掛けていられると他の客も釣られて休憩に使ってしまう。

 そうすれば「帰れ」と言えないし閉店作業が延びてしまうし…愛花は気合を入れて声を掛けることにした。

「所長、和田所長、」

「は…あ、吹竹さん、おつかれ」

「お疲れ様です、あの所長、大変申し上げにくいんですけど、もうここ閉店なので帰りませんか?」

 そこで初めて和田は腕時計を確認し、「うぉっ」と小さく声を上げた。

「いや、すまん…集中してた…はァ…だる…」

「あとはお家で読んだらどうですか?」

愛花は外したエプロンをくるくると巻き畳みながら提案する。

「いや……寝てまうな……あ」

「?」

「吹竹さん、時間ある?」

スペースに入れないよう形だけのチェーンを入り口にかけ、振り返った愛花が見た和田の顔は真に迫っていた。

「……タイムカード押したらもう帰れますが…」

「メシ行かへん?奢るから、対面トイメンにおって欲しいんやけど」

「…は?」

ざっくばらんな愛花においても上司に対してまず吐かない返事、しかし咄嗟のことでそんな対応をしてしまった。



 愛花が退勤して移動しながら詳しく聞くと、どうやら面接練習の相手をしてほしいとのことだった。

 それは本社の人事が来て行うもので、今回は法人事業部の所長職に関しての面接・ロールプレイ・筆記試験が行われるそうだ。

「ファミレスで向かいに座ってくれたらええから。独りでしてたら不審者やろ?アイツ…守谷もりやに頼んだら断りよったから…」

和田は「ぐぬぬ…」と奥歯を噛み締めて悔しそうな顔で呟く。

「守谷フロア長は夕飯はお家でって決めてますもんね、ミライちゃんのご飯…」

「出世したいねん…質問集みたいなん読んでくれたらええから…あかんかな?」

「あー、いいですよ、私で良ければ!」

 社交的な愛花はそれも何やら楽しげなイベントとして捉え、出会って間もない自分を頼ってくれた事も嬉しかったし、何よりタダ飯がありがたかった。

「ほな、陸橋越えたとこのファミレスで」

「了解です!」


 二人は帰り支度を済ませてから近所のファミレスへそれぞれの車で向かう。
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