そういうギャップ、私はむしろ萌えますね。

茜琉ぴーたん

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 月が変わって5月。

 ちまたはゴールデンウィークだというのにサービス業は絶賛繁忙期、ムラタは今日も元気に営業中である。


「お次でお待ちのお客様、お伺いしますー」

配送カウンターに入った愛花あいかは連なる客をさばき、明るく笑顔を振りまいた。

 カウンターの奥では繰り上がりで副店長になった守谷もりやが、渋い顔で売り上げ推移を表示したパソコン画面を見てはギリギリと歯軋はぎしりをする。

「チッ…和田わだに負けてられん…」

 あの様子だと新天地で絶好調なのかな、愛花はこっそりほくそ笑んだ。


 和田と愛花は何度も話し合いを重ね、やはり彼女は「すぐにはついて行けない」と同伴を固辞した。

 和田は単身者用の社宅を用意してもらい神戸でひとり暮らしを続けている。

 当初の発案通り7月頃に婚約をして会社にゆくゆくは転勤したい旨を伝え、和田の居住地の近隣店舗に空きがないかどうか探してもらう予定である。

 もし無ければ一旦辞めて専業主婦をするも良し、同じような仕事を見つけるもよし、好きにしなさいと和田は言ってくれた。


「(でも、せっかく金庫までできるようになったんだもん、もったいないよね)」

 できればまた一緒に働きたい、役に立ちたい、「さすが和田副店長の奥様ね」なんて言われたい。

 そんな思いで愛花は本日も仕事に邁進まいしんするのである。





 一方、同じ頃…神戸の和田は色目を使うマダムへキラースマイルを返し、お見送りをしていた。

「(…うわ、さぶいぼ出てるやん…香水くっさ…)」

相変わらず慣れるまでは部下から遠巻きにされる和田、新しい環境での人付き合いに疲れてその眉は更に偏屈へんくつに折れ曲がる。

 彼の見た目の印象はどこに行ってもやはり肉食系なのか同じ種の女性にロックオンされがちで、しかし見た目通りの度胸を身に付けた和田は以前よりもあしらい方が上手くなっていた。

「(俺もう肉食系やし…アスパラベーコンちゃうしー)」

 今の和田なら正直色んな女性を手玉に取ることも不可能ではないだろう。

 しかし性根が小心者の彼は絶対に愛花を裏切るようなことはしないし、できない。


「和田副店長すみません、フロア長が休憩で…これなんですが」

「ん、おいで」

部下から値引き相談を受け、和田は商品の原価を調べてギリギリのラインまで対応させようと思案する。

「………副店長、香水つけてます?」

「んー…さっきのお客さんの匂いが移ったんやな…ごめんね……ん、これくらいでどやろ、まだ足りんかったら端数切って、それでも原価割らへんから大丈夫よ。在庫ある?」

「入荷待ちです、どこかから貰えるでしょうか」

「……待ってねー……ん、皇路オウジの店舗がいくつか持ってんね、うん、必ず引っ張ったる、取り寄せ期間5日少々で伝えて。自信持って売っといで!」

「ありがとうございます!」

「ん、」


 部下を送り出した和田はカウンター内の電話機へ向かい、店舗同士が繋がるIP電話の回線で古巣・皇路本店へとダイヤルした。


『はい、お疲れ様です、***番皇路オウジ本店、吹竹ふきたけが伺います』

「…ラッキー、アイカちゃん、俺俺♡」

 仕事の合間のちょっとしたご褒美、和田は電話の向こうの愛花へ好意をダダ漏れにする。

『うわやだ、IPにもオレオレ詐欺ってかかってくるんだ…切ろうかな』

「待って、待ってよもう…」

『オラオラ詐欺さん、何のご用ですか?』

「上手いこと言うね、ん、店間てんかん依頼やねん、パソコンな、型番*****、本店の在庫が3あがってんねん、ひとつちょうだいって聞いてみて」

『はーい』

店の間での在庫移動要請、愛花はパソコン担当へ無線を飛ばし、「出してあげて」と許可を得たのでまた受話器を取った。


『もしもし、出せるそうなので、明日の便でお送りします』

「ん、ありがとうね……アイカちゃん、愛してる」

『…仕事してください………—…—…』

「…ふふ」

 電子音を聞きながら和田は笑い、先程の部下が近寄って来たので

「皇路本店から貰えるわ。商品管理にピックアップ指示出しといてね」

とすまして副店長の顔に戻る。

「……」

「……ん?どした、無理やった?」

「いえ、ご納得いただいたので成約入ります」

「ん、最後までしっかりね」

「はい…」

「……え、俺の電話聞いてた?」

「いえ、いえ…」

 早い段階で和田のラブコールを見ていた部下は「副店長は怖い人ではなさそうだ」と認識を改め、その話は徐々に店中に広まった。

 おかげで和田は「クールだけど恋人の前ではデレる上司」として新たな地位を築き、スタッフとのコミニュケーションも円滑に進むようになる…のはまだ少し先の話である。
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