そういうギャップ、私はむしろ萌えますね。

茜琉ぴーたん

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2月

39

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 2月下旬。

「所長、お客様です」

 スタッフに呼ばれて和田がパソコン画面から顔を上げれば、カウンターにはとある顧客の女性が立っていた。

「はいはい、あ…コムラさん、どうも、」

「こんにちは、和田さん、新しい部署の分、発注しようと思って、」

「あー、どうぞお掛けください」


 彼女は取引のある会社の総務部の事務員で、就任の挨拶がてら配達に同行した和田を気に入ってこのように自ら訪ねてくるようになったのだ。

 いわゆる普通のOLさん、しかしその眼はギラギラと狩りをする雌のそれになっていて、和田は内心ひどく怯えながら対応する。

「これと…ここはすぐ在庫ありますね。持ち帰りできますよ、それか全部揃ってから配達でも…」

「和田さん、今夜…お食事でも行きません?」

「!…いえ、」

 もう何度断っただろうか、恋人がいるとも言っているしバレンタインのチョコレートも受け取らなかった。

 それなのに彼女はめげずにアタックしてくるのだ。

 以前の自分ならこれも出逢いだしと勇気を奮って「どこにしましょうか?」などと応えていたかもしれない。

 しかし愛花とのほっこりデートに慣れた和田は肉食系女子コムラを前にして持ち前の男前マスクだけで乗り切ろうとした。

「今夜は予定がありまして」

「なら明日では?待ちますわ」

「え、いや、」

「所長、お電話入ってまーす、」

飛んできたのは隣の部屋からの声。

 渡りに船とばかりに和田はすぐ

「あ、はいはい…すみません、ミチタさん、こちらご対応お願いします」

と反応し、別のスタッフに交代してすぐ横のパソコン教室へと入って外線の受話器を取る。

「もしもし、はい、どうも、ええ、ええ…」

相槌を打つも実は受話器からは何の声も聞こえてはいない、ただツーと電子音が鳴っているだけであった。


 和田はパソコン教室の講師に目配せをして扉を閉めさせて、そーっと受話器を下ろす。

「ごめん、先生…助かった」

「いいえ、約束ですから」

ヒソヒソ話の相手はこのパソコン教室の講師である空知そらち良夢らむで、この一連の流れは前もって彼女にお願いしていたことなのだ。

 本来の所長である清里きよさとじゅんと引継ぎをする際に、和田は「売り場やカウンターで俺が女性客と応対して顔が強張っていたら引き剥がして欲しい」とお願いをしていた。



 

 『俺な、よう女性客から私的なお誘いを受けんのよ。今はそんなん考えてへんし、角が立たんように断りたいから、電話が鳴ったとか無線で呼ばれてるとかでその場から離れさして欲しいねん…』

 『はぁ、分かりました…(もともと顔恐いのに強張ってるかどうかなんて分かんないんですけど)』





 そんなやり取りをしたのがトレード転勤してきた12月のこと、良夢も詳細な理由までは聞かなかったが今ではなんとなく察している。

「結構…グイグイきますね、あの方。先週の所長ご不在の日も来られてましたよ」

「うん…早よう帰って欲しい…」

「もう少ししたら様子見てきますよ。そこのお茶、よろしければどうぞ」

良夢はそう言って保証書台紙へ店判を押す作業に戻った。


 法人事業部管轄のこのパソコン教室はムラタ経営ではなく、外部委託の特殊な部門である。

 そこの講師である良夢は勤め始めて1年ほどの若者で、和田が苦手とする強気な女性ではあるがなかなか気さくに話せるタイプであった。

 本人曰く「オラオラ系の男には慣れてる」のだそうだ。
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