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1月

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 走ること7~8分だったろうか、愛花も知っているアパートへ着いて降車すれば、和田は彼女の腰へ手を回してさながらホテルへでも入るかのようにエスコートをしてくれた。

「わ、男の部屋って感じ…ですね…」

「汚くて…悪いね」

 床には読んだ後の経済誌と新聞、ペットボトルがボーリングのピンのように並んで立つ。

 テレビ台の上にはゲームとソフト、酒の空き缶がタワーのように重ねられている。

「え、ここに今までの彼女も連れてきてたんですか?」

「もうちょい綺麗にしてたよ…最近は掃除もできてへん…適当に座ってくれ」

「明日は大掃除ですねぇ…」

「ふふ」

やはり期待を裏切らない、和田は汚部屋を見ても動じてない愛花に恋人以上のものを感じていた。


 愛花は転がっていた大きめのゴミ袋にとりあえず空のペットボトルを入れて端にまとめ、雑誌と新聞紙も重ねて壁に寄せる。

「ふう」

「すまん、……なぁ、下の名前で…呼んでええか?」

「良いですよ、ご存知ですか?」

「知っとるわ、…あ、……アイカ、ちゃん」

 蛍光灯の下で和田は分かりにくいが顔を真っ赤にして…初めてその名を呼べば、愛花も唇を噛んでそれなりに動揺を見せた。

「なんや、自分かて照れてるやんか」

「照れますよ、滅多に無いことですもの…あ、松井さんには呼ばれてるわ」

 1週間の元カレ・松井、彼は仲の良い女性スタッフはことごとく名呼びするのだ。

「今更嫉妬なんかせぇへんけど…あんま呼ばせたないな、アイカ…ちゃん」

「呼び慣れて下さいね、ん、………ふふ」


 和田はソファーに腰掛けた愛花を対面で抱き締め、何の隔たりもないその密着度合いに互いに照れてははにかんで深く呼吸をする。

「やらかい…女の子はやらかいなぁ、うん……アイカちゃん、胸はあんまあれへ、イっでぇ!」

「黙らっしゃい、親しき仲にも礼儀ありですよ、そういうとこじゃないかな、まだまだ心の距離があるんですからね、」

調子に乗った和田の脇腹を強くつねり、体を離して物理的にも距離を取った。

「すまん、アイカちゃん…」

「だいたい、まだ告白されてませんからね。親しい職場の人間ってだけですから」

「ハ…キスまでしてんで?」

「言葉で下さいってば!」


 言った言わないで揉めたくないし、今一度和田の照れる顔を明るい所で見ておきたい。

 愛花は膝に手を置いて「聞く姿勢」を取って彼を追い詰める。

「は…あ、アイカちゃん…、家では弱みを見せてもええって…それを許してくれる価値観が…合うと思うた、嬉しかった。小ぃこくて可愛いし…気取ってへんくて…ええと思うた…肝が据わってるし、庶民的やし、その…………す……好きや、」

「もうひと声!」

「俺と、つ、付き合って、くれ…」

「続けてもう1回!」

「あほんだら…す、好きじゃ、付き合うてくれ…」


 最後は訛って…それが同郷の愛花の心を強く打ち…

「はい、うちも豊さんのこと、好きじゃわ、ふふ」

と弾ける笑顔で彼女が応えるものだから、和田は強引にその唇を奪ってしばらくは離さなかった。


「ゆたかはん、くちびる、ふやけちゃう…」

「ええな、俺のもふやけさして、んっ…カサカサやから…」

「もぅ、どんだけ…」

「気持ちええ…最高にコーフンしとる…」

 さすがにそのまま駆け足で走り抜ける気は無い、愛花は和田の綺麗な額をペチンと叩いて、

「とりあえず、何か着替えを貸して下さい、仕事着じゃ寝られません」

と頭ごと逸らして言った。

「ダサいとか言わん?」

「え、どんな私服…」

 そそくさと寝室へ和田は下がり、クローゼットをガコンガコンと開いて閉じて戻って来る。

 そして黒いTシャツと臙脂えんじ色のハーフパンツを愛花へ手渡す。

「…………なんだ、可愛いじゃないですか」

広げてみるとそれはキャラクターもののTシャツで、動物のプリントがなされた可愛らしい物であった。

「当ててみて……デカいな、んー…下は……ジャージやけど…ええかな」

「清潔なら何でも着れますよ、短くて良いじゃないですか。え、コレ……もしかして高校の体操服ですか?」

愛花はポケットの上の『和田(豊)』の刺繍を見てノスタルジーに襲われる。

「せやね…」

「プフー!だっさ、あはは、……はー、面白い…豊さん、面白い…物持ち良すぎ…何年経ってんの…あははー…、あ、怒りました?」

「いや…ここまで笑い飛ばして貰えるといっそ清々しいわ」

 カビ臭くもないしサイズも合っているし、愛花はありがたくお借りすることにして、先にシャワーを使わせてもらう。

 何もしないしさせるつもりもない、でも間違いが起きても良いかも。

 愛花はそれくらいには場数を踏んでいる大人である。
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