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1月
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しおりを挟むあぁ、この人は食後にどこかのタイミングでミントタブレットを囓っていたのかと思うと、食後の話し合いへの並々ならぬ準備と覚悟が透けて見えて…和田が愛おしくって堪らない。
「ぷは…所長、ミントの味がしますね、あと…すみません、もしかして…」
更に、口を離した時に僅かにだが酸っぱい香りを感じたのだ。
「吐いたよ。……すまん、うがいはしてんけど…」
「いえ、香りだけ……だからトイレから戻った時に涙ぐんでたんですね、大丈夫ですか」
ステーキを食べ切ってすぐに嘔吐したのか、それは緊張のためだろうか…愛花は不憫を通り越して母親のような気持ちで大きな少年を見つめる。
「き、緊張してん……いや、忙しうて胃も荒れててんけどな…」
「だったらステーキなんて食べないで、もっと胃に優しいものあったでしょうに」
「これから男見せようっちゅう時に、お粥さんなんか食えるかいな、…分かってよ、」
「メニューにお粥なんてありましたっけ」
「きのこ雑炊なら………ちゃうねん、吹竹、コラ」
「ん?なんです?」
既成事実は確かにここに、繋いだままの手を見ても明らかにあるのに、愛花は和田を逃がさない。
行動で示せたのは及第点、もうひと押しで言葉も出そうな気がする。
「時間がかかってもいいです、言ってください。男見せるんですね、『告白する』じゃないところがミソですよね、あわよくば私から言わせようったってそうはいかないですよ。所長の情けない顔とか慣れてます。今更幻滅なんてしませんよ、ふふ」
「吹竹さん、役職やのうて…名前で…豊章て呼んでくれ」
「ほうしょう…さん、なんか余計畏った感じします?」
「…ほな渾名でも好きに呼んでくれよ」
「じゃあ豊を取って豊さん…その調子でいけそうなのに」
愛花は「じゃあ私も名前でどうぞ」を呑み込んで眼鏡をかけて、もうしばらく和田で遊ぶことにした。
「そうですね…私も友人は男女問わず多い方ですけど、ここまで短期間で間を詰めたのは初めてですね。豊さんは仕事はできるけどプライベートはヘタレだし…」
「貶し過ぎと違うか」
「弱気だし…もしかしてですけど、今までの彼女さんって、仕事中に出会ったとかですか?」
ジト目だった和田の目が泳ぎ、糸のように細くなって一瞬白目に、そして閉じられた。
「ほぼ…そうやな。店で連絡先渡されたり…法人の契約先のOLさんやったり…」
「かつ、自分からは告白したことが無い、そして向こうから振られる、と」
「なんで古傷えぐってくんの?元カノ気になるタイプ?」
和田は一旦愛花の手を離しシートにどんともたれて、助手席へ改めて手を伸ばし下から彼女の手を受け取る。
「強気な漢だと思ってたのにプライベートでは膝枕を要求するような甘ちゃんだったら、そりゃガッカリでしょうね」
「おいこら、ええ加減にせぇ、吹竹、さん。膝枕なんかさせた事あれへんぞ。普通に…誠意もって付き合うてたのに…どないなってんねん」
「過去の女性は強気な男性がお好きだったんですよ、きっと。豊さんの需要は『グイグイくる強引な男』、乙女ゲーだとそういうキャラですよね。誠実キャラはメインにいるでしょうから、キャラ被り…まぁ…選ばれませんよね…女性陣は見かけ通りのベタを好むプレーヤーだった、ってことですね」
「何言うてんの」
愛花は気になっていた「和田が恋人と長続きしない理由」の一端を調査できてホッとした。
異常な性癖があるとかDV気質とかでもなさそう、この歳から燃え上がるだけの恋などしたくないのである。
将来を見据えた安定した恋愛、それを求めている。
「さて…お腹もいっぱいですし…帰りましょっか、」
「はぁ?帰さへんよ…車は会社置いときゃええ、明日休みやんか……家、来ぇへん?」
「あら、ヘタレが頑張りますね…いいですけど…」
「い、いや、なんもせぇへん、……一緒におりたいねや…」
朝までコースは本当に想定外だったが大人ならそれもありか、愛花は自分から褐色の頬にキスをして、
「いいですよ」
と耳元で囁いた。
「あかん」
和田は小さくそう呟いて愛花の手を離し、シートベルトを着けてエンジンをかける。
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