そういうギャップ、私はむしろ萌えますね。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
24 / 82
1月

23

しおりを挟む
 ノアは、まじまじと上から下までヴェルを見やった。
 庭仕事を終えて、そのまま食事の準備をし始めたヴェルは、髪にくしも通していないどころか、麦わら帽子をかぶった跡が髪にくっきりついている。
 ノアは不思議そうに首を傾げた。
「失礼だが、ヴェル。客人……というには、出立ちが使用人のようなんだけど」
「え? ああ。何もしてないってのも落ち着かないから、俺もリウの手伝いと……、あと庭の手入れを少しやってる」
 ノアはメガネ越しにじっとヴェルの顔を見た。ノアのまつ毛の長さに、ヴェルは思わずどきりとする。
 天を向くその黒いまつ毛はふさふさと長く、切れ長の瞳を縁取っている。肌は透き通るように白く、きめ細やかだった。
 薄い唇はほんのりと紅色で、誰が見ても美しいと形容されるだろう。
 しかしその柳眉りゅうびが顰められ、艶やかな唇が僅かに戦慄わなないた。

「ヴェル……。まさかとは思うけど、そのまま庭仕事を……?」
「そのまま?」
「だから、肌に何も塗らずにということだよ」
 肌に何か塗る、というのが、何を指しているのか分からずヴェルは眉根を寄せた。困惑の眼差しを向けるヴェルに、ノアは頭痛をおさえるかのようにこめかみに指を当てた。
「信じられない……。せめて日焼け止めを塗ってくれ。私のをあげるから」

 ポケットから色とりどりの缶を取り出したノアは、その中から掌にちょこんと収まるような青い缶を選んでヴェルに渡した。
 言われるがままに受け取り、蓋を取ってみると、中には軟膏のような、白いクリーム状のものが入っていた。
「日焼け止めって王都の貴族がつけるようなものだよな?」
「今は庶民でもつけるよ。はぁ……、リウにもつけるよう言ってるんだけど、この子は『焼けたら焼けたで構いません』なんて言うから」
 リウは「だって面倒じゃないですか」とヴェルの横から口を挟む。なるほどリウらしい、と、ヴェルは苦笑した。
「俺もどちらかというとそっちだけどな。まあいいや。とりあえず塗ってみるよ。ありがとう」
 必要とはあまり思わないが、せっかく厚意でくれているのだからつけないのも申し訳ない。
 するとノアはゆったりと目を細め、口の端に柔らかな笑みを浮かべた。
「ヴェルは良い子だねえ」
「良い子って……」
 もう「子」という年ではないし、そもそもノアとはそう年齢も変わらないと思うが。
 答えあぐねるヴェルの前で、ノアがリウに問う。
「カイとシグは?」
「殿下は眠っておられます。シグは出かけてます」
「おやおや。昼夜逆転は肌に悪いんだが、まあ、そうも言ってられないか……。私は先に城へ行っているよ。カイが起きたらそう伝えておいてくれ」

 ほっそりとした手をひらりと振ると、ノアは踵を返した。長旅から戻ってきたばかりだろうに、軽やかな足取りで館を出ていったノアを見送り、リウは「本当に自由なんだから」とこぼす。
 ヴェルはふとリウに訊ねた。
「ノアは『殿下』呼びじゃないんだな」
「そうですね。まあ、ノアは付き人の中でも特別です。公の場ではちゃんと呼んでますから大丈夫ですよ」
 リウは「夕飯の支度が途中でした」と慌ただしく厨房へ戻っていく。

 ヴェルはリウを追い掛けようとして、貰った缶に目を落とした。缶の中に入っていた日焼け止めの軟膏は、リウが言ったようにどことなく薬草のような匂いがする。だが決して鼻につくような嫌な香りではなく、むしろふわりとかぐわしい。
 今ばかりは、先ほど聞いたリウの言葉がぐるぐると頭の中を巡ってしまう。
『殿下もあの匂いは好きって言ってましたから』

 なんだか辻褄が合ってしまった気がする。
 断り続ける縁談。
 名前呼びが許される昔馴染み。
 好きな匂いのする、特別なオメガ——

(加えて、導医なんていう最難関に合格するほどの実力派魔導士。……で、あれだけ美人で気さくな性格、と。いやぁ……お似合いすぎて何も言えねえな。いや、別に元々何か言うつもりもなかったけど)

 恋愛のような分不相応なものを望んだことなど、今までの人生において一度もない。自分の人生においてそれは用意されていないのだ。選択肢として現れない。
 ヴェルは口の中で小さく「ない」と呟いた。

(ないない。俺には関係ない。この手の話は、元々俺には関係がない)

 カイは確かに良い匂いがした。だが、だったら何だというのか。

(恋だの愛だのは、まともな人間がやることなんだよ。俺じゃない)
 ヴェルは青い缶を慈しむように撫でた。

 ノアは、『この辺りの村をちょっと見ておこうと思ったら、どこも導医不足でね』と言っていた。口ぶりからして、自分の利益など考えず、困っている人たちを助けていたのだろう。つい、恩師の姿と重なってしまい、瞼を伏せる。

 そう、恋だの愛だの。幸せな結婚だの、愛すべき家庭だの。そういう「ちゃんとしたこと」は、まともな人間同士でやるものなのだ。
 一瞬で、ヴェルの顔から表情が消える。
(——……俺のせいで、先生は死んだ)
 そして缶をポケットにしまいこむと、リウを追い掛けて厨房へ向かった。
(俺には、まともな人間の資格がないんだよ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

フラれた女

詩織
恋愛
別の部のしかもモテまくりの男に告白を… 勿論相手にされず…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

年上後輩に迫られたけど僕がイケナイ状況にしてる!?

暗黒神ゼブラ
BL
僕は初めて後輩が出来ると浮かれすぎていた

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

処理中です...