俺はこの顔で愛を釣る

茜琉ぴーたん

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5・香澄side・相席よろしいですか

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 華やかなステージとは言い難い小さく低い円柱の台、推し芸人の彼らはすぐそこで軽快なトークを繰り出してビンゴゲームの進行をしている。

「(良かった…何事もチェックやんな…)」

 今は便利な世の中なので、インターネットとSNSがあれば大抵の情報は揃う。

 しかし彼らのようなマイナーな芸能人の動向は事務所のホームページなどに貼り出されるはずもなく、私設ファンクラブや口コミで出演情報を得るしかないのであった。

 情報に気付いたのが昼だったので最終出番しか間に合わなかったが、それでもまたとないチャンスである。

 推しが近隣店舗に来てくれるなんて大収穫、私は未だに本拠地の劇場へも行けていない。

 単純にライブの回数が少なく、会場の規模が小さ過ぎてチケット倍率が毎回とんでもないことになっているのだ。

 でも全国的な知名度はそこまでではないのでこうして地方営業に来てくれるわけで、ファン歴の浅い新参の私がこんな間近で見られるなんて、夢のように嬉しかった。

「(…カッコええ…ん…やっぱ成田なりたさんに似てんなぁ…兄弟やろか)」


 ビンゴは当たらなかったが参加賞のポケットティッシュをコンパニオンのお姉さん経由で貰い、帰って行く二人を見送る。

 私は余韻を味わいつつ隣のカフェスペースへと流れ込み、カフェモカを注文してティッシュの写真を撮りSNSにイベントの一言レポートを呟いた。


「(…推しの指紋がちょっとは付いてる…嬉しい…)」

 私がティッシュを光に透かしたり鼻を近付けたり変態的な楽しみ方をしていると、

「会えました?葛城かつらぎ香澄かすみさん、」

と推しと同じ声が私の名を呼んだ。

「え?え、あ、成田さん、」

 推しの片割れ・ナリにそっくりなその容姿、彼は制服のベストを脱ぎ腕にかけ、正に執事のように後ろにたたずんで私を見下ろす。

「ここ、ええすか?他が空いてへんくて」

「あ、はい、どうぞ、」

「おおきに」

 彼はゆったりと私の向かいに座り、ここで買ったコーヒーと持ち込んだ菓子を開けて食べ始めた。

 時刻は14時を回っているが昼休憩だろうか、居た堪れないのだがカフェモカが過剰に熱くてまだ口を付けられない。


 もぐもぐと咀嚼そしゃく音が聞こえて話すことも無く気まずさがてっぺんまで達した時、成田さんが

「楽しめた?ネヤガワラ好きなんやろ?」

とタメ口で笑いかけた。

「え、あ、はい、あの、面白かったです。こんなに近くで…感激しました…あの、休憩ですか?」

「ん?うん。下のもんから行かせたからこんな時間…いつもは駐車場で時間潰すねんけど…さっき香澄ちゃん見つけたから…寄ってもうたよ」

 あぁ馴れ馴れしい、けれど嬉しい。

 きっと会社のルール的にはよろしくないし、恐らく私は舐められているのだろう。

 しかし細かい事が置き去りにできるほどに、その声と仕草は私の萌え心をくすぐるのだ。

「あ、ソウデスカ」

「今日はお父さんは?一緒ちゃうの?」

「はい、あの…SNSでネヤが来るの知って…ひとりで」

「ふーん…好きなんや、」

「ソウデスネ…」

 私がやっとこカップに唇を付けると、成田さんは菓子をボリボリ噛みしだきながら「ふぅ」と眼鏡を外してポケットを探る。

 鼻あての痕が付いているがそのご尊顔はまさしく推しの…ナリの顔と瓜二つだった。


「………」

「なん?なんか付いてる?」

「いえ…」

 この人は分かって言っている、でも指摘して良いものなのか。

 もしも私が「ナリさんに会わせてください」とか「連絡先教えてください」とか客の立場を利用して厚かましく面倒なお願いをするとは考えないのだろうか。

 それともそうするように仕組まれているのか。

 私の視線は落ち着かず、大きなカップの底を早く見たいと舌をヒリヒリさせながら飲み進めた。


「……香澄ちゃんさぁ、ああいう顔がタイプなん?」

「え、あの…タイプというか…」

「俺、似てるやろ、ナリに」

「………あの…えっと、」

「ナリに似ててカッコええねやろ?」

成田さんはそう言って眼鏡を拭き終わりまた高い鼻の上へそれを載せる。

「似ててというか…あの、見覚えのあるお顔だなって…思っただけで…」

「あぁそう…連絡、くれるか思うたのにくれへんかったね」

「え、まぁ…お仕事用でしょうから…その辺りはわきまえてます」

「えらい難しい言葉使うねんな、自分学生やろ?」

 これはあるある、私は首をすくめて

「……違いますぅ…」

とトホホ感を滲ませた。

「あ、そうなん?いくつよ」

「25歳ですぅ…働いてます…」

「しやの?あー…そら堪忍よ…へぇ…童顔やねんな」

「ソウデスネ…」

 なんだかワードチョイスも推しに寄せている気がする、コテコテの大阪なまりが私の性癖をペチペチと連続で叩いては口元をほころばせる。


 彼は制服のポケットから名刺入れを出してその中から一枚抜いて、裏にさらさらと文字列を書いて私に

「これ」

と個装の飴ちゃんと共に差し出した。

「ハイ?」

「個人的なメアド。なんやあれば言うてきて」

「へ…」

 その意図は?と聞き返す前に成田さんはカップを持って席を立っていて、私はぽかんと名刺を持ったまましばらく固まって彼の背中を見送る。

 何かお気に召すような事があっただろうか、しかし思い返しても見た目の話と推しの話を少々したことしか思い出せなかった。

「(分かれへん…罠か…?)」

 これがもし単純なナンパならば受けないこともないのだが、成田さんが私に向ける目はそんな甘かったり下心のこもったものではなかったような気がする。

 私はカフェモカをようやく空にし、名刺をコートのポケットへ入れて駐車場へと降りた。
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