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19・香澄side・mailer daemon
しおりを挟む気怠い体はまさに事後という感じ、何度も抜き挿しされた股も揉みしだかれた胸も、どこもかしこも成田さんの感触が残っていてまだ抱かれているような感覚になる。
ホテルを出た私たちはファストフードのドライブスルーに寄ってなかなかガッツリ買い込んで、団地の中にある公園でそれらを開いて楽しく平らげた。
彼はピクルスが好きでポテトも好きで、でもハンバーガーに挟んであるレタスは嫌いとかそういうどうでもいいことをダラダラ話して…悪態をつく顔は少年のようで清々しい。
「悠ちゃんは、芸人とか目指したことは?」
「あれへんよ。身ぃ削って笑われるとか割に合わへん」
「笑わせるんですよ」
「いーや、笑われてる…観たか?2017の年末のやつ…大スベりしてたやん、あんなん…同じ顔があんななってんの…見てられへん」
「動画サイトで観た…確かにまぁ…スベり散らかしてたけど」
それは日本一の漫才師を決める全国放送のお笑いの大会でのこと、ネヤガワラは3回戦で思ったような結果にならず、しかし動画サイトに映像は残るため意にそぐわない方向で全国区になってしまったのだ。
「…成功はして欲しいねんけど…んー…なんやろなぁ…これもコンプレックスなんやろか?俺の方が絶対貯金もできてるし安定してんねんけど…売れたらすぐ稼ぎよるやろし…遊んで暮らしてんのが妬ましいんかもな」
「あちらはあちらでご苦労は多いかと」
「まぁな…おもろいこと考えて仕事にするとか…自信が無いとでけへんもんな……すごいとは…思うてる」
話を聞く限りでは兄弟仲はあまり芳しくなくて、この前の店頭営業でも顔を合わさなかったようだしむしろ良くないのかもしれない。
けれど本音をもらしてナリのことを語る彼は立派に兄たる顔をしていて…次に会う機会があれば挨拶くらい交わしてほしいな、なんて部外者の私はそう思った。
・
「最寄りのコンビニで降ろして貰えたら」
「ええよ、家の前で降ろしたげる」
「じゃあ近くまで」
大通りから住宅街へ入って徐行してもらって、道幅が極端に狭くなっている路地の手前で私は降りる準備をする。
「ここより進むと、回せへんかも」
「あー、あの角は難しそうやな」
「慣れてる人でもたまに擦ってるんで…ここで大丈夫です。そこの広いとこで回して元の道に戻って下さい…また」
「うん…おやすみ」
「おやすみなさい」
ゆっくり車の向きを変える彼を見届けて、近所の目もあるので車のライトがまだ見えていたがそそくさと自宅へと駆けた。
そしてリビングに「ただいま」と声だけ投げて洗面所へ行き、さも今化粧を落としたかのように乾いたタオルで額をトントンと叩く。
父が断りもなく開いていたドアから洗面所を覗いて、
「おかえり、香澄…どうだった?デート♡」
と尋ねるもんだから
「楽しかったよぉ…なんでもない話が楽しかった」
とむにむに波打つ口元を隠してそう答えた。
お父さん、貴方の娘は本日大人になりましたよ…拗らせた私は妙な想像をしつつ、
「お風呂入るから」
とドアを閉める。
「…ふー…」
自宅の浴槽はホテルの物よりふた回りくらい小さくて、成田さんと浸かった時の脚の絡み方とか無意味に光るLEDの眩しさとか、逐一思い出しては胸がきゅんと切ない。
これからラブラブな男女交際になるのかな、またホテルでイチャイチャしたりできるかな、期待は膨らんで体の内側から破裂しそうなくらい盛り上がる。
そして風呂上がりに少しメールを交わして、ぐっすりと眠った。
・
翌朝、はりツヤの異様に良い顔に化粧をして気恥ずかしさを誤魔化して、母の作ってくれた弁当を持ち出勤する。
職場の周りは夜のうちに少し雨が降ったのか地面が濡れていて、駐車場にできた水溜りを靴先で引っ掛けると飛沫がぱしゃと跳ねて昨日のホテルでの入浴が思い出される。
おはようの挨拶とかすべきだったかな、チャットアプリのIDを交換すれば良かったかな、でも迷惑かな、なにぶん経験の浅い私には距離感の詰め方が分からない。
始業前に『今日も頑張りましょう』と何でもないことをメールして、ロッカーへとスマートフォンを収める。
昼休憩、メールをチェックするも成田さんからの返信は来ておらず、不要なメルマガが2~3来ているだけだった。
「ねぇ、彼氏さんとどれくらいの頻度で連絡とってる?」
同僚の答えは
「んー?3日に1回くらい?ばらつきあるけど…私はそれで充分」
「うちは毎日♡通話しながら寝落ちしたりぃ」
「同棲してからは毎日の帰るコールくらいかな、あと『豆腐買ってきて』とか」
などという感じ、しかし出来立てホヤホヤの彼女からのメールを放っておくのはいかがなものかと…釣った魚に餌をやらないタイプだったのかな、そうするといよいよ成田さんへの気持ちがぐらついて危うくなってきた。
返事が来ないから追って連絡するのもなんだか必死な感じがして嫌だな、もしかして本当に一夜限りだったのかな、「またね」を鵜呑みにした私が子供だったのかな、考えれば考えるほどドツボにハマる。
そして週末、特に用事も無いけれどムラタへ出向いて店頭を探してみたのだが、彼の姿が見えなかった。
祝日に続いて土曜日も休むなんてことがあるのかな、私は近くにいたスタッフへ声を掛けることにする。
「すみません、成田さんは本日ご出勤でしょうか」
「すみません、成田は昨日から近隣店舗に応援に出ておりまして」
「おうえん、」
聞けばこの皇路市の西にある店舗の手伝いに急遽借り出されたとのことだった。
泊まりがけじゃあるまいし連絡の1本くらいくれてもいいのに…どうにも淋しい私は
『応援に出てるって聞きました。何か連絡下さい、淋しいです』
とメールを送ってみるものの、読めない英文に囲まれた返信が来ただけで…跳ね返されて彼には届かなかった。
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