泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
81 / 92
12・支配、して下さい

81

しおりを挟む

 ところで彼女の過去についてだが、俺は普段の生活でひじり氏の名前を出したり過去を尋ねたりもしない。

 そして彼女もかのご主人様の名を口にすることは無くなった。

 命日に静かに空へ手を合わせただけ、引っ越し時点で遺骨も遺影も全て後見人を通してあちらのファミリーへ返しているからだ。

 実は入籍のタイミングで、水蓮は後見人に対しこれ以降の聖氏由来の金銭を一切放棄すると宣言し手続きをした。

 これまでに溜まった分は遺言通り頂くとしても今後関連の無い家賃収入などは貰えない。

 これをずっと享受していては聖氏からの呪縛が解けないようで辛かったそうだ。

 正直金が水蓮に流れ続けるのは痛かったのだろうか向こうさんもあっさりと了承してくれて、『手切金』の名目で結構な額の餞別せんべつを包んでくれた。

 人身売買の件を水蓮が口外しでもすれば各界の要人の座が危うくなり組も危ないとのことで、口止め料と慰謝料も兼ねているらしい。

 そしてその口止めはもちろん俺に対してもで、「貴方が水蓮さんをしっかり管理すること」という半ば脅しにて首を縦に振らされた。

 わざわざ俺に真実を告げなければ良かったのにと思ったが、病状が重くなった聖氏は以前のような勢いや威厳を保てなくなり、聖氏を盲信していたこれまでとは違い水蓮にも疑念が生まれ始めたようで…洗脳はいずれ解けると後見人たちも準備していたそうだ。

 ただでさえ昼間は一般の社会で暮らし世間の価値観や恋愛観を見聞きしてしまう。

 そして聖氏が入院などして留守がちになれば段々と無条件で慕っていた心が揺らぎ、それをリカバーするために帰宅したらべったりとくっ付きを与えていたのだという。

 そして転勤して来た俺と出逢い、水蓮はまとう雰囲気が監視の目から見ても変わったらしい。

 その頃から彼らは俺の周辺を嗅ぎ回り相応ふさわしいかリサーチを重ねていたとのことだ。


 洗脳を続けられるほど影響力のある人間が他には居なかったから正気に戻って過去を思い出した時のことを考えた。

 反社会的勢力への警察のマークはひと昔前より格段に厳しくなっているし…水蓮を母親のように消してしまうなど余程のことでなければできないのだろう。

 一般社会に馴染んでない夜職の嬢ならある日突然忽然と姿を消しても大ごとになりにくいのかもしれない、それを考えると一部上場の業界大手に勤めておいて良かったなぁと思わなくもない。

 欠勤して連絡不通になれば上司が警察を動員して自宅まで来てくれるように管理職フローが作ってあるし。


 そして俺がもうひとつ約束させられたのは水蓮の過去を次代、つまり子供へ伝えないこと、俺と水蓮の胸の内だけで伝承させず消滅させることだ。

 俺たちがマンションを出たら後見人たちはそこにあるもの全てを然るべき処分にかけ、水蓮は自分の給与で買った洋服や化粧品などの身の回り品のみ持ち出して今の家へ移らされた。

 書架にあったファイルなどは燃やしたのだろうか、水蓮たちを可愛がったあの部屋も玩具も全て消滅した。

 日々薄れゆく聖氏の記憶だけが彼女たちの心の奥底で生きて、それもいずれ消えてゆく。
 
 ちなみに立場上なのか知らされなかったのか、聖氏の葬儀に養女たちは誰ひとり姿を現さなかったらしい。

 その代わり彼女たちのから香典がたんまり届いた、これもひとつの口止め料だったようだ。

 せめて彼女たちも幸せであれ、部外者の俺はそんなことしか願うことができない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...