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12・支配、して下さい
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しおりを挟むところで彼女の過去についてだが、俺は普段の生活で聖氏の名前を出したり過去を尋ねたりもしない。
そして彼女もかのご主人様の名を口にすることは無くなった。
命日に静かに空へ手を合わせただけ、引っ越し時点で遺骨も遺影も全て後見人を通してあちらのファミリーへ返しているからだ。
実は入籍のタイミングで、水蓮は後見人に対しこれ以降の聖氏由来の金銭を一切放棄すると宣言し手続きをした。
これまでに溜まった分は遺言通り頂くとしても今後関連の無い家賃収入などは貰えない。
これをずっと享受していては聖氏からの呪縛が解けないようで辛かったそうだ。
正直金が水蓮に流れ続けるのは痛かったのだろうか向こうさんもあっさりと了承してくれて、『手切金』の名目で結構な額の餞別を包んでくれた。
人身売買の件を水蓮が口外しでもすれば各界の要人の座が危うくなり組も危ないとのことで、口止め料と慰謝料も兼ねているらしい。
そしてその口止めはもちろん俺に対してもで、「貴方が水蓮さんをしっかり管理すること」という半ば脅しにて首を縦に振らされた。
わざわざ俺に真実を告げなければ良かったのにと思ったが、病状が重くなった聖氏は以前のような勢いや威厳を保てなくなり、聖氏を盲信していたこれまでとは違い水蓮にも疑念が生まれ始めたようで…洗脳はいずれ解けると後見人たちも準備していたそうだ。
ただでさえ昼間は一般の社会で暮らし世間の価値観や恋愛観を見聞きしてしまう。
そして聖氏が入院などして留守がちになれば段々と無条件で慕っていた心が揺らぎ、それをリカバーするために帰宅したらべったりとくっ付き愛を与えていたのだという。
そして転勤して来た俺と出逢い、水蓮は纏う雰囲気が監視の目から見ても変わったらしい。
その頃から彼らは俺の周辺を嗅ぎ回り相応しいかリサーチを重ねていたとのことだ。
洗脳を続けられるほど影響力のある人間が他には居なかったから正気に戻って過去を思い出した時のことを考えた。
反社会的勢力への警察のマークはひと昔前より格段に厳しくなっているし…水蓮を母親のように消してしまうなど余程のことでなければできないのだろう。
一般社会に馴染んでない夜職の嬢ならある日突然忽然と姿を消しても大ごとになりにくいのかもしれない、それを考えると一部上場の業界大手に勤めておいて良かったなぁと思わなくもない。
欠勤して連絡不通になれば上司が警察を動員して自宅まで来てくれるように管理職フローが作ってあるし。
そして俺がもうひとつ約束させられたのは水蓮の過去を次代、つまり子供へ伝えないこと、俺と水蓮の胸の内だけで伝承させず消滅させることだ。
俺たちがマンションを出たら後見人たちはそこにあるもの全てを然るべき処分にかけ、水蓮は自分の給与で買った洋服や化粧品などの身の回り品のみ持ち出して今の家へ移らされた。
書架にあったファイルなどは燃やしたのだろうか、水蓮たちを可愛がったあの部屋も玩具も全て消滅した。
日々薄れゆく聖氏の記憶だけが彼女たちの心の奥底で生きて、それもいずれ消えてゆく。
ちなみに立場上なのか知らされなかったのか、聖氏の葬儀に養女たちは誰ひとり姿を現さなかったらしい。
その代わり彼女たちのオーナーから香典がたんまり届いた、これもひとつの口止め料だったようだ。
せめて彼女たちも幸せであれ、部外者の俺はそんなことしか願うことができない。
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