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2月・嫁が可愛いので激務も乗り越えられる
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しおりを挟む「あの、ごめんなさい。黙って出かけて…その…」
静かな車内で、未来はまず考え無しな己の行動を詫びる。
「腹は?」
「え?」
運転席へ向き直れば、夫は当然だが前を見つめて口だけ動かした。
「腹は痛ないの?生理やろ?」
「あ、うん…大丈夫…」
「ん、よかった…」
「………」
「ナナちゃん家は…楽しかったか?」
「うん、楽しかった!…お姉ちゃんみたいで…お母さんみたいで…安心した…」
「ほーか、見つけてくれたんがナナちゃんで良かったわ…うちの駐車場、広いから言うて侵入してドリフトなんかする若者とかおんのよ。悪い奴に見つからんで良かったよ」
ムラタは車止めも無い平坦な駐車場なので、良からぬことに利用する輩どももたまに出没するのだ。
警察もマメに巡回をしてくれているのだが、四方に出入り口があるため逃げ道も多いとあってなかなか注意もままならないらしい。
「ごめんなさい、あの……あのね、2週間くらい生理が遅れててな、結構ワクワクしててん…でもまたダメやって…がっくり来ててな……おまけにせっかく金曜日やのに…できんし…」
「それは仕方ないよ」
「でも…ハルくん、『残念やな』って…言うから…き、期待させといてエッチもでけへんのが…申し訳なくて…」
未来は夫に体を預けられず情けなく感じたことを泣きながら吐露する。
「は?ミラちゃん」
「先月からしばらくシてへんし…また…レスになったら…うち…ハルくんに嫌われるかもって……お、お父さんみたいな…酷いこと…もしなったらて…なんか…思い出しちゃっ…」
「父ちゃんて…おい、」
山を切り拓いたバイパスはあと10分ほど走らねば信号も無い直線道路である。
落ち着いて話がしたいが停める所が無い、守谷は目線だけ助手席の妻へチラチラ振ってはその泣き顔と言葉を気に掛けた。
「ハルくん忙しくて…カリカリしてるし…せめてエッチくらいシてあげたかってんけど…できんし…勉強ばっかで…会話もせぇへんし…ひぐ」
「待って、ミラ…」
「でもうちハルくんに養ってもうてるし、仕事楽しそうやし…ほ、ほんまやったら、毎晩」
「待ちぃて、ミラ‼︎」
荒々しく叫んだ守谷はハンドルを切って広めの路肩へ車を寄せ、ハザードを焚く。
そして素早くパーキングブレーキを入れて、未来の肩を掴んだ。
「あ…」
「さっきから何言うてんの、オレがお前の父ちゃんみたいになるて?馬鹿にすなよ、女に手ぇ上げるクズと一緒にす……いや、悪い…ミラの父ちゃんやのに……ふー…」
彼女の父は家庭内暴力とハラスメントの集合体のような男、そんな奴と比べられる事自体が屈辱である。
未来は結婚する際にも守谷へ「父の様にならないか?」と敢えて尋ねたくらいだし、夫を除いて大人の男性をひどく苦手としていた。
「ごめんなさい、あの…あ、」
特に夜な夜な行われたという妻への嗜虐的な性的暴行は未来の幼心にえぐいほどの傷を遺し、夫婦間のセックスは皆あの光景を繰り広げるのだと思うと吐き気がする程に恐怖を覚えた。
「怒らないで」、「お母さんにするみたいに叩かないで」。
これまでも夫婦喧嘩はしたし叱られることもあった、セックス中に意地悪に責められることも愛する夫だからこそ恐怖感など無く受け入れられた。
しかしバイパスの数少ない街灯に照らされた夫のシルエットにかつての父の影を再び重ね、掴まれた肩がガクガクと震う。
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