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12月・おまけ
守谷と和田
しおりを挟む数週間前のこと。
朝礼を終えてメールを確認していた守谷は、本社人事部からの法人事業部の管理職に関する通達を目にする。
「あれ、異動連絡…法人も所長がおらな、困るもんな。誰が来る……………あ、」
本店の法人事業部の所長・清里潤が産休に入ることになり、空いたポストを直前まで本社は調整していた。
しかし事業所自体の全体数が少ない法人事業部、転勤となると必然的に転居も含む。
ちょうど希望者もおらず新人育成も間に合わず…最終的に下した決断は、「経験者に繋いでもらおう」だった。
該当者は数年前まで所長を任されていた者、かつ近隣店舗で現在は家電のフロア長兼店次長に就いている者…守谷の同期の和田という男である。
「うわ、ダルっ…アイツ来んの…」
和田は守谷より2歳年下で新卒採用からの仲、顔を合わせば口喧嘩になる犬猿の仲だった。
元々の原因などもはや覚えてはいない。
同期で背格好も似ていてやり手で、お互いに売り上げや評価を意識し合って…という内にギスギスしてきて、転勤で物理的距離が開いたのをキッカケに深い溝が出来てしまったのだ。
たまに会うと片方が悪態をつき、片方がそれに乗り、ピリついた空気に周りを巻き込んでどうにも始末が悪い。
「おう、」「久しぶり」と本来なら気さくに挨拶ができる人柄だし、余裕のある年齢になってきたのにまだ叶わず…守谷は口をへの字に曲げたままふぅとため息を吐いた。
・
「なぁミラちゃん、昔本店におった和田って覚えてる?アイツ、期間限定で戻ってくるらしいわ」
帰宅した守谷は台所に立つパジャマの嫁を後ろから抱き、すりすりと太腿を手で擦る。
「わだ、和田…わだ……あ、法人の…あの厳つい顔した人?」
「そうそう。陰険そうな眉毛の……清里所長の代理やて。12月から…ミラちゃんのレジ部門も兼任で見るらしいねん……あんまり近付きなや、」
「なんで…」
心底呆れた顔で未来は夫の手を払い除け、温め直した夕食のラップを剥がして食卓へと置いてやった。
「ミラちゃん可愛いから…アイツまだ独身やねんて、狙われたら困るわ、」
「狙われへんし可愛いないから大丈夫や。ほなおやすみ、」
「え、もう寝てまうの?」
「もう11時やん…眠いわ、食べ終わったら流しに置いといてな、」
未来はあくびをしながら、寝室のある2階へと上がって行く。
「…ふん…」
彼女が本店のアルバイトに入ったのは10年前、和田はその頃法人事業部におり副所長をしていた。
ある日守谷が所用で本店を訪れた際、和田に挨拶でもしようかと遠巻きに見ていると、奴の視線の先に持ち帰りレジの未来が居ることに気付く。
その時期は法人カウンターと持ち帰りレジが近い位置にあり、確信こそないものの守谷は妙な胸騒ぎがした。
たまたまその時そうだっただけかもしれない、他の物を見ていたのかもしれない。
しかし守谷は彼女のレジへ並んで、見せ付けるように親しげに会話をしてみる。
振り返った法人カウンターに和田の姿は無かったが、守谷はマーキングに成功した獣の気分で店を後にした。
そして2年後守谷は未来と入籍、同期会にて結婚発表をした際の奴の驚いた表情…やはり和田は彼女に惚れていたのでは?本人に言いこそしないがそれが奴に勝ちたい守谷の中での結論となっている。
そして12月の初日、2人は久々の再会でバチバチにやり合った。
「おぅ、守谷ぁ、お前帰ってきとったんけ、東京で朽ちた思とったわ!」
「とうに戻っとるわ、なんや偉そうに所長じゃ所長じゃ言うとったのに降格しとるやんけ、なんぞやらかしたんか!」
「あぁ⁉︎事業所が統合して無うなっただけじゃ!家電のフロア長やからお前と位はおんなじや、ボケ!」
「本店と中規模店のフロア長を同列に語んなよ、北店のフロア長なんぞ格下や!」
口やかましく再開した同期の戦いは、お互いが少し丸くなるまでしばらく続く。
「俺は今所長や、チーフフロア長と同格、敬語使わんかい、敬語を!」
「ぐぬぬ…(オレはミラちゃんを嫁に貰てんぞー!羨ましいやろー!)」
和田が立場が上であることを押してくるのに対し、守谷は未来を娶ったことを、印籠のように心で掲げては「ふふん」とこっそり威張るのだった。
*和田は『そういうギャップ、私はむしろ萌えますね。』より
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