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12月・おまけ
守谷のプロポーズ・4
しおりを挟む2011年、5月吉日。
時刻は夜10時過ぎ、ファミレスのテーブルでは学校帰りの未来が守谷監督の下で書類へペンを入れている。
「うん、二重線、そう……印鑑ここな訂正印、こっちは捨て印って言うねんで、覚えとき…うん……ん、できたな、守谷未来か……よし…行こう、」
「うん」
彼女は本日をもって満18歳、守谷との約束を果たすべくここで待ち合わせ、互いの署名と確認作業をしていたのだが。
「自分の名前でこない書き損じるとは思わへんかったわ」
出来上がった婚姻届をクリアファイルに挟み、守谷は伝票を掴んで席を立つ。
「ごめんて…緊張してんもん…」
「まぁええわ、役所行こ」
大きなあくびをしながら守谷は車へと乗り込み、助手席を確認してから国道へと出た。
「時間外受付やから受理されんのは明日かな…まぁ日付は今日にしてもらえるやろ」
「あの…ハルくん、ありがとうね」
「ん?なに」
「施設に…署名貰いに行ってくれて…ほんまやったらうちが…」
「うん?んー、そない手間でもあれへんよ、喜んどったで、先生も」
未来はまだ未成年、婚姻届には父母か養父母の署名が必要だったのだ。
本日休みだった守谷は昼間に未来が数年預けられていた養護施設へ出向き、施設長を養父として証人欄に署名を貰ってきていた。
「そう…ならよかった…」
「うん、ええねん。お幸せにって言われたよ」
これは守谷の方便で、実際には「えらく歳の離れた旦那さんですねぇ」とチクリ刺されたのだがこれを彼女へ明かすことはない。
・
数分走って街の中心街、市庁舎の駐車場へ車を着ける。
少し歩いて高くそびえる支庁やオフィスビルを見上げれば、静かな街の雰囲気もあり異様な空気で、未来の心はざわざわとした。
「もう補導はされへんね、18やから」
「せやな…まぁ大人しうしとき…オレが捕まるかも分からん…よし…あっこやな、守衛所……すんません、婚姻届の提出です」
時間外受付とは名ばかりで、年配の守衛さんが書類をひと通り確認、訪問者ファイルに記名をして預かってもらって終いだった。
「ふー……あっけないな…したら帰ろうか…」
「うん…うちら、もう夫婦?」
「せや…ね、うん。オレがミラちゃんの旦那や…困ったことがあったら何でも言いや、」
「うん…」
これからは夫婦、しかし何も変わってはいない二人は元来た道を引き返す。
「ハルくん…!」
「ん?」
市営駐車場に停めた車内で、助手席の未来は守谷を深刻そうに見つめて、
「これから、よろしく、お願いします…」
と切れ切れに伝える。
「うん、よろしくね、嫁さん。……生活自体は何も変わらへんけどね、うん…せや、今日正式に内示があってんけどな、オレ来月からフロア長になんねん、でもって本店に転勤やて」
「わ…ほな、一緒に働けるん?」
「関わることは少ないやろうけどな、ほんでオレも管理職合宿とか研修とか行かなならんし…忙しなるわ」
喜んだのも束の間、これまでよりもっと接する時間は減ってしまう…未来の顔が一瞬曇るが明るく努めた。
「わかった…ご飯とか、お弁当作る…頑張ろ」
「おおきに、ええ嫁さんやな」
「ハルくん…照れるわ…」
正式に夫婦になったからには体の関係も解禁になるだろうか、そんな心配もするのだが肝心の守谷はあまりそちらに重きを置いていそうにない。
「よし、帰ろな…我が家へ、な、」
「うん、前からうちの家やけどな」
・
自宅へ着いた二人は仏間へ向かい、父へ結婚の報告をする。
「オトン、ミラちゃんが嫁に来てくれたで…頑張っていくから…見とってや、」
「お父さん…よろしくお願いします…」
「よし…ロウソク消して、うん…寝よか」
そして2階へ上がり夫婦はそれぞれの部屋へ、未来はふと夫婦別室なのは如何にと思い、ドアノブに手を掛けた守谷へ進言したのだが、
「ん?ミラちゃんはまだ未成年やねんから…別の部屋でええやんか。な、はよ風呂入って寝ぇや、ほなね」
とかわされてしまった。
「(えぇ……まぁええけど…うーん…)」
すぐに求められても困るが夫婦らしい事もしておかねば捨てられるかもしれない、そんな不安を持ちながら新妻は風呂へ向かう。
一方、未来の背中をドアの隙間から盗み見た守谷はベッドへ伏して、
「あんなガリガリ…どないして抱けっちゅうねん……勃たへんぞ…」
とそっちの心配をしていた。
並んで寝るならセックスのひとつもせねば失礼だろうが、未来の肢体は正直守谷の趣味ではないのだ。
「手ぇ出さんことばっかり考えとったから、今更性対象に思われへん…可愛いねんけど…くー…触りたいとか揉みたいとか思われへん…くそッ…」
二人の文字通りの新婚初夜はこんな物で、未来と守谷はこの先数ヶ月は別室のまま形だけの夫婦生活を送ることになる。
後日婚姻届が受理された旨の書面が届き、両人は夫婦としての自覚を一層強めていく。
ここからじわじわと「嫁」というフィルターによって守谷は彼女へ性的興奮を覚えるようになるのだが、今のところは先行き不安な二人であった。
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