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11月・おまけ
守谷のプロポーズ・2
しおりを挟む2010年、とある5月の夜のこと。
この日、守谷家の台所では母が包丁を握り、ご馳走を作って息子と同居人の帰りを待っていた。
「ただいまー、うぉ、ご馳走やん…」
「おかえり、ミラちゃんの誕生日やからな、腕によりをかけたったわ。着替えてき、それとアンタ、準備してんやろな?食べる前に渡しときや、」
「してるわ…あんま緊張させんとってや」
守谷は皿の端の唐揚げをつまみ食いし、少し頬を染めて目線を逸らす。
自室に下がった守谷はデスクの引き出しを開け、リボンの掛かった小さな箱を手に取った。
「はぁ…ついにか…」
中身は同居人・中井未来へ贈るエンゲージリング、給料の3ヶ月分とまではいかないがそれなりに吟味したシルバーの指輪である。
この1年婚約者のつもりで過ごしてきて、彼女からの好意はヒシヒシと感じるようになった。
仕事への理解もあって暮らしやすいし料理は美味いし、性的に興奮こそしないものの可愛いし大切にしているつもりである。
迷いが無いと言えば嘘になるが、彼女にとっての最善の方法がこれならば是非にも叶えてあげたいのだ。
もう少しすれば未来が定時制の高校から帰ってくる。
守谷は小箱をスウェットのポケットに入れて台所へ戻った。
・
「ただいまぁ…わ、」
「おかえり、ミラちゃん!さ、座って」
「お母さん…すごい、ご馳走やんか…あ、待たんと先食べてくれても良かったのに…」
夕飯というよりは夜食と呼ぶ時間帯の食事、未来は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ミラちゃんの誕生祝いなんやから、待つがな、お腹空いてるやろ…ほら、食べよ」
いつもは仕事と学校の間に夕食を済ませるのだが、この日はおむすびをひとつだけにして守谷母の言う通り空腹で帰ってきていた。
食卓に並ぶ大皿料理を見て未来は子供のように目を輝かせ、促されるままに定位置へ腰掛けるもそわそわと落ち着かない。
「はい、いただきまーす」
「いただきます……ん、お母さん美味しい」
「良かったわ、育ち盛りなんやからしっかり食べや、うん、春馬も、」
「うん、うん…」
おいババァ、食事の前にプロポーズをするという話だっただろう。
耄碌したか態とか、守谷は母を睨みつけながらサラダを口へ運ぶ。
「あ、せや…春馬から話があんねん、な、ハイドーゾ、」
「えッ…あ、こないなタイミングで…」
「気張りや」
守谷は小声で母を「ババァ」と罵り、斜め前に座る未来へきちんと向いてポケットから指輪の箱を取り出した。
「ミラちゃん…1年前にも言うたけど、オレと…その、結婚する気は…変わってへんか?」
食事モードに入っていた未来は慌てて皿と箸を置き、口の中の物を飲み込んでからやっと答える。
「う、うん…変わってへん…」
「外で好きな男ができたりとか、告白されたりとか…」
「されたけど断ったよ。約束してんねんから…」
恥ずかしそうに、バツが悪そうに、しかし守谷から目を逸らさず彼女はハッキリとそう答えた。
「さよか…よし、したら約束や」
守谷は椅子を引いて立ち上がり、
「ミライさん、結婚して下さい。入籍は1年後やけど、その頃にはオレは多分フロア長になってる。今よりもっと忙しうなるけど、住むところ食べることに困らせたりは絶対にさせん。オレを支えてほしい…お願いします」
と指輪の箱を開いて見せ、考え抜いたプロポーズを贈る。
「………」
男らしいプロポーズ、即答するつもりだった未来の心がほんの少し躊躇った。
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