34 / 87
11月・おまけ
守谷のプロポーズ・2
しおりを挟む2010年、とある5月の夜のこと。
この日、守谷家の台所では母が包丁を握り、ご馳走を作って息子と同居人の帰りを待っていた。
「ただいまー、うぉ、ご馳走やん…」
「おかえり、ミラちゃんの誕生日やからな、腕によりをかけたったわ。着替えてき、それとアンタ、準備してんやろな?食べる前に渡しときや、」
「してるわ…あんま緊張させんとってや」
守谷は皿の端の唐揚げをつまみ食いし、少し頬を染めて目線を逸らす。
自室に下がった守谷はデスクの引き出しを開け、リボンの掛かった小さな箱を手に取った。
「はぁ…ついにか…」
中身は同居人・中井未来へ贈るエンゲージリング、給料の3ヶ月分とまではいかないがそれなりに吟味したシルバーの指輪である。
この1年婚約者のつもりで過ごしてきて、彼女からの好意はヒシヒシと感じるようになった。
仕事への理解もあって暮らしやすいし料理は美味いし、性的に興奮こそしないものの可愛いし大切にしているつもりである。
迷いが無いと言えば嘘になるが、彼女にとっての最善の方法がこれならば是非にも叶えてあげたいのだ。
もう少しすれば未来が定時制の高校から帰ってくる。
守谷は小箱をスウェットのポケットに入れて台所へ戻った。
・
「ただいまぁ…わ、」
「おかえり、ミラちゃん!さ、座って」
「お母さん…すごい、ご馳走やんか…あ、待たんと先食べてくれても良かったのに…」
夕飯というよりは夜食と呼ぶ時間帯の食事、未来は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ミラちゃんの誕生祝いなんやから、待つがな、お腹空いてるやろ…ほら、食べよ」
いつもは仕事と学校の間に夕食を済ませるのだが、この日はおむすびをひとつだけにして守谷母の言う通り空腹で帰ってきていた。
食卓に並ぶ大皿料理を見て未来は子供のように目を輝かせ、促されるままに定位置へ腰掛けるもそわそわと落ち着かない。
「はい、いただきまーす」
「いただきます……ん、お母さん美味しい」
「良かったわ、育ち盛りなんやからしっかり食べや、うん、春馬も、」
「うん、うん…」
おいババァ、食事の前にプロポーズをするという話だっただろう。
耄碌したか態とか、守谷は母を睨みつけながらサラダを口へ運ぶ。
「あ、せや…春馬から話があんねん、な、ハイドーゾ、」
「えッ…あ、こないなタイミングで…」
「気張りや」
守谷は小声で母を「ババァ」と罵り、斜め前に座る未来へきちんと向いてポケットから指輪の箱を取り出した。
「ミラちゃん…1年前にも言うたけど、オレと…その、結婚する気は…変わってへんか?」
食事モードに入っていた未来は慌てて皿と箸を置き、口の中の物を飲み込んでからやっと答える。
「う、うん…変わってへん…」
「外で好きな男ができたりとか、告白されたりとか…」
「されたけど断ったよ。約束してんねんから…」
恥ずかしそうに、バツが悪そうに、しかし守谷から目を逸らさず彼女はハッキリとそう答えた。
「さよか…よし、したら約束や」
守谷は椅子を引いて立ち上がり、
「ミライさん、結婚して下さい。入籍は1年後やけど、その頃にはオレは多分フロア長になってる。今よりもっと忙しうなるけど、住むところ食べることに困らせたりは絶対にさせん。オレを支えてほしい…お願いします」
と指輪の箱を開いて見せ、考え抜いたプロポーズを贈る。
「………」
男らしいプロポーズ、即答するつもりだった未来の心がほんの少し躊躇った。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる