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10月・嫁が可愛いので今夜は寝ない
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しおりを挟む「ミラ、オレンジジュース。酒は呑んだらあかんよ」
「呑まへんよ、ありがとう」
10月初旬に行われた棚卸しお疲れ会兼ハロウィンパーティーに、仮装で参加した女性は若手の数名。
幹事から仮装を言い渡され、有りものでできる簡単な仮装が良いと相談し、ギャル仮装をすることで団体芸の体をなしたのだ。
その中の1人、守谷未来(26歳)はレジのパートタイマーで黒物フロア長・守谷春馬(39歳)の妻、そして1児の母である。
守谷の紹介で高1からバイトでムラタに入り、その後契約社員に変更して計4年ほど務めその間に結婚。
産後は家庭に入り1年半前に再びパートとして復帰している。
出産前の彼女を知るのは直属の上司の嘉島と新人バイトだった新庄陽菜子だけで、特に陽菜子にとってはレジのイロハを教えてくれた師匠でもあった。
未来はくりくりした大きな目だが、細く整えた眉と相まってクールな印象も与える顔立ちだ。
その眉を下げて困ったように笑う顔が可愛らしく、厳しくも優しい良い妻・良い母だと夫は人に語るのだった。
身長は160センチと成人女性の平均くらい、しかし隣に身の丈180センチの夫が並ぶと小さく見える。
守谷は縦に大きい男で、三白眼の涼しい目元とそれに距離の狭い眉毛でハーフの様な顔立ちをしていた。
飄々とした雰囲気で掴みどころがないが、打ち解けると数年来の友人のように接してくれる。
そしてこれは管理職全般に言える事だが、過去に来店した客や商品のスペックなど恐ろしく記憶しており守谷は特にこれが顕著であった。
主力商品なら自部門データを見て、いつ・誰が・何を売ったかまで把握しているらしい。
この4月まで守谷は関東へ単身赴任しており、丸3年という月日未来が家を守っていた。
会社の転勤は大体3年周期、もうしばらくは地元にいられるはずである。
「パパ、黒物の皆のとこ行った方がええんちゃう?」
「ほうか、ほなミラもおいで………しやけど笠置さん、どえらい格好やね。ロリータ?アリスやん」
守谷は嘉島と唯の居る円卓につくと、部下の姿を上から下まで見て素直な感想を述べる。
そうすると唯と守谷の間にスッと黒物・葉山が滑り込んで、
「でしょう?可愛いですよね、さすがうちのコーナー長」
と身をずいと乗り出した。
「フロア長の奥さんもおキレイですよ。特にデコルテ」
「ん」
「…なんですか?」
せっかく嫁が褒められているというのに、話の途中で守谷は未来を背中で隠した。
「お前みたいな雰囲気イケメンはタチが悪いて決まっとんのや。うちの嫁を視界に入れるな、ぼけ」
「わー、ひどい、僕は正統派ですよ。フロア長だって雰囲気イケメンじゃないですかー……」
「なんやとコラ、お前一重やないか、…」
「…」
「…」
「ユイちゃん、チーフ、もうほっときましょう」
男同士の不毛なやり取りを放っておき未来が嘉島の隣に詰めれば、唯も人知れぬ恋人・葉山を放ってチーフの隣へ寄った。
「ミライさん、今日はお子さんは?」
「今夜はお母さんの部屋に泊まってて。主人の母なんやけど。うち同居で、ほんまに良くしてもうてんの」
未来がそう言って少し顔を傾げると、ショートボブの横髪から大きなフープピアスが覗いて光る。
「もうお幾つ?」
「いま5歳、まだまだ甘ちゃんで」
「はぁ~ええなぁ、若いお母さん、ねぇチーフ」
「うん…独身の俺に聞く?」
目を泳がせる嘉島へ、更に唯がわざとらしく
「チーフも、若いお嫁さん候補いてるもんね?」
と聞くと、
「そうなんですか?チーフ!」
と未来が大きくリアクションをとった。
「いや、まだそこまでじゃ…」
少し赤面し嘉島が居た堪れず項垂れたら、ようやく醜い争いから脱出した葉山と守谷も定位置へ戻る。
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