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しおりを挟む「なんかね、どんだけ化粧しても変わんないの」
ドレッサーで化粧水を塗る妻が、鏡の自分から目を逸らしてそうボヤく。
俺はベッドで3歳の娘の腹をポンポンと叩いて、「そう?」と返した。
俺は今年31歳になる会社員、妻もひとつ下の会社員だ。
今日は家族で近所のショッピングモールへと出掛けて、アイスクリームを食べたりゲームセンターで遊んだりと慎ましやかな休日を過ごしていた。
楽しそうにしていたと思ったが何か嫌なことでもあったのだろうか。
瞼の落ちた娘の顔色を窺いつつ聞く姿勢を見せる。
娘は部屋の四隅のダウンライトを点けていないと眠れないのだ。
ほの明るい寝室にもう目は慣れているから妻の方からも俺の姿はしっかり見えているはずだ。
「どしたの」
「トリックアートの写真、撮ったじゃない?」
「あー、うん」
今日はモールの催事場でトリックアート展なるものが開催されており、俺たちは立ち寄って何枚か写真を撮った。
飛び出すサメに喰われそうに見えるとか遠近法で大人が小人に見えるとか、娘はピンと来ていなかったが俺たちはそれなりに楽しかった。
「最後、撮ってもらったじゃない、滝のやつ」
妻は大体いつも俺と娘を撮影して自身は写らないのだが、今回もカメラマンばかりしていた。
なんでも大きな記念以外は、特に写る必要性を感じないのだと言う。
なので家族写真でアルバムを作っても、ほぼ妻は写っていない。
しかし今回一番の目玉となる展示の前で後ろのカップルの男性が、「僕が写すのでご家族でどうぞ」とシャッター役を買って出てくれたのだ。
順路を進みつつ、妻が写す役に徹しているのを少なからず気に掛けてくれていたのだろう。
妻は後がつかえるのも悪いと「では」と自分のスマートフォンを渡して、床に敷かれた水流と滝に呑まれるようポージングしてカメラに収まった。
お返しに俺はそのカップルの写真も撮ってあげて、出口で気の良い彼らと別れたのだが…それが憂いの原因らしい。
「うん」
「後で写真見たらさ、朝あんなに化粧したのにぜーんぜん…目が腫れぼったいの。あんなにアイライン引いてシャドウも差したのに。めちゃ扁平な一重なの。腫れぼったいのに立体感無いの。化粧って意味無いのねー」
妻は、一重瞼の目がコンプレックスなのだ。
ぽってりと厚みがあって重そうで、目自体は小さくはないのだが昔から気になっているみたいだ。
「睨んでる」と謂れのない悪口を言われたり「怖そう」と思われたり、不利益を被ることもあったそうで。
年頃になり化粧をするようになっても、達成感を感じられず気持ちが上がらないらしい。
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