上 下
1 / 8

1

しおりを挟む


「なんかね、どんだけ化粧しても変わんないの」

ドレッサーで化粧水を塗る妻が、鏡の自分から目を逸らしてそうボヤく。

 俺はベッドで3歳の娘の腹をポンポンと叩いて、「そう?」と返した。


 俺は今年31歳になる会社員、妻もひとつ下の会社員だ。

 今日は家族で近所のショッピングモールへと出掛けて、アイスクリームを食べたりゲームセンターで遊んだりと慎ましやかな休日を過ごしていた。

 楽しそうにしていたと思ったが何か嫌なことでもあったのだろうか。

 まぶたの落ちた娘の顔色を窺いつつ聞く姿勢を見せる。

 娘は部屋の四隅のダウンライトを点けていないと眠れないのだ。

 ほの明るい寝室にもう目は慣れているから妻の方からも俺の姿はしっかり見えているはずだ。


「どしたの」

「トリックアートの写真、撮ったじゃない?」

「あー、うん」

 今日はモールの催事場でトリックアート展なるものが開催されており、俺たちは立ち寄って何枚か写真を撮った。

 飛び出すサメに喰われそうに見えるとか遠近法で大人が小人こびとに見えるとか、娘はピンと来ていなかったが俺たちはそれなりに楽しかった。


「最後、撮ってもらったじゃない、滝のやつ」

 妻は大体いつも俺と娘を撮影して自身は写らないのだが、今回もカメラマンばかりしていた。

 なんでも大きな記念以外は、特に写る必要性を感じないのだと言う。

 なので家族写真でアルバムを作っても、ほぼ妻は写っていない。

 しかし今回一番の目玉となる展示の前で後ろのカップルの男性が、「僕が写すのでご家族でどうぞ」とシャッター役を買って出てくれたのだ。

 順路を進みつつ、妻が写す役に徹しているのを少なからず気に掛けてくれていたのだろう。

 妻は後がつかえるのも悪いと「では」と自分のスマートフォンを渡して、床に敷かれた水流と滝に呑まれるようポージングしてカメラに収まった。

 お返しに俺はそのカップルの写真も撮ってあげて、出口で気の良い彼らと別れたのだが…それが憂いの原因らしい。


「うん」

「後で写真見たらさ、朝あんなに化粧したのにぜーんぜん…目が腫れぼったいの。あんなにアイライン引いてシャドウも差したのに。めちゃ扁平へんぺいな一重なの。腫れぼったいのに立体感無いの。化粧って意味無いのねー」

 妻は、一重まぶたの目がコンプレックスなのだ。

 ぽってりと厚みがあって重そうで、目自体は小さくはないのだが昔から気になっているみたいだ。

 「睨んでる」と謂れのない悪口を言われたり「怖そう」と思われたり、不利益を被ることもあったそうで。

 年頃になり化粧をするようになっても、達成感を感じられず気持ちが上がらないらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件

楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。 ※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

処理中です...