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「本気で言ってますか?」

「本気よ…悠希斗くんが辛抱堪らなくなったらそういう展開になることもやぶさかではないわ。もちろん交際を続けていればいずれそういう機会もあることだろうし…少し早いとは思うのだけど…でも第一目標は見ることなの、その先は…どうしても我慢できないという場合のみよ」

「絶対我慢できませんよ」

「…動物じゃあるまいし」

 巴先輩は僕のことを舐めている。

 多感でやりたい盛りの男子大学生が美味そうな餌を前にお預けを続けられる訳がない。

 でもそれだけ僕を信用してくれてるのかな、それとも先輩が馬鹿なのか。


「人間だって動物ですよ」

ため息混じりにそう吐けば、それは同感だったのだろう先輩は「確かにね」と空の缶をペコっと潰した。

「巴先輩、僕は貴女で十二分に興奮してしまいます。たぶん見られたら勃ちます」

「何が?」

「ナニが勃つんですよ」

「あぁ、勃起ね」

「なんでそこは照れないかな」

「論理と知識だけ頭に入れてしまっているからかしら…可愛げが無いポンコツ女でごめんなさいね」

「……」

 分かってないなぁ、そういう素直なところももはや可愛く思えているんだけどな。

 これは果たしてポーカーフェイスなのか性分なのか、確かめてみたくなった。


 僕は座り直して彼女へ「ん」と手を差し伸べる。

 そうすると先輩は手の中の歪んだ缶をまんまと差し出すので、細い手首を捕まえて無防備になったお顔に接近…唇にちゅっと口付けた。

「きゃ…」

「……」

「ゆ、悠希斗くん、びっくりするじゃない」

「びっくりだけですか」

「え、……ど、ドキドキ…するわ」

 でしょうね、大きな目をさらに見開いてほかほかと温まった頬はさっきよりも血色が良くなっている。

 アレだ棒だと卑猥な言葉を吐いても赤面しないその頬を染められたことは、非常に嬉しくて誇らしくて自信となった。

「良かった」

「ドキドキ…してる…うわぁ…走ってもないのに…不思議ね…」

コートのボタンの隙間から手を差し入れて心拍を確認するのは見た目にはよろしくないのだが、普段からあまり感情が動かなそうな先輩にとってはその高鳴り自体もイレギュラーで珍しいことみたいだ。

 やれやれキスでこんな反応する人を襲ったら先輩が許しても良心が許してくれそうにない。

 まるで初心うぶな少女に手を付けるなんて不届きな行為は僕にはできない。

 勢いで煮えかけていた胸の炎がだんだんと中火になって、安定したとろ火に落ち着いた。

 つまりは萎えたのだ。

 今日で全てを終わらせてしまうなんてもったいなくて畏れ多い。


「先輩、乗り換えの逗子駅までゆっくり歩きましょう」

「え…休憩は?」

「それは今度で…すみません、巴先輩があんまり可愛いもので、手を出すのがもったいないんです」

「………何よそれ…」


 一瞬ムッとしたかに見えた先輩だけど内心はホッとしたのか複雑な表情を浮かべて、けれどむにむにと唇を噛み込んで

「ありがとう…言ってみたは良いものの、怖気付いてたの」

と缶をゴミ箱へ入れた。
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