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18章(最終章)

85きゅん

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「大輝くん、あたし寂しい…」

 量販店勤めは土日祝が掻き入れ時、休日は平日に取るのが当たり前だしそうすると大輝との休みが合致するのは月に何度あるだろうか。

 ただでさえ不安が多いのに地元を離れてひとり暮らしまでせねばならない。

 帰りの新幹線のデッキで真梨亜は涙を滲ませる。

「うん、でも求められてるんだからありがたいじゃない」

「そうだけど!そうだけどぉ…」

「社宅も補助が出るんでしょ?都会生活だね」

「…無理やり褒めないで…はぁー…」

 新人を地元から離すのは異例中の異例、よほど求められているか人手が足りないかが考えられるが真梨亜にはどうでも良い。

 普通にデートするだけでも移動で時間を取られてしまう。

 鈍行で30分も掛からないがその1分でも惜しいのだ。

「車で通うって手もある?」

「…聞いてみたけど、通勤に40分以上掛かるなら転居事由にあたるみたい…車なら45分くらい掛かっちゃうの、それも辛い…はぁ…」

「月末には引っ越しか…うーん、一緒に住めたら良いんだけど」

「えっ♡」

「中間地点でもそれなりに掛かるし、会社が用意した社宅が近くて安全だと思う…遅延とかで遅刻してもいけないし」

「だーよねー…」

ぐだぐだと文句を重ねたがもう真梨亜はとうに諦めていて、それでも大輝が寂しさを覗かせてくれないことに少々立腹してごねている。

 優しい大輝は合理的な解決策を練ってはくれたけど欲しい答えはそれではない。

 多くを求め過ぎたと

「…ごめんね、無理言ってうるさくして…」

と目の下を拭った。


 4月は覚えることも多くバタバタするだろう。

 5月は連休で繁忙期、たまに会えば近況報告と悩みなどでうるさくするだろうし、しばらくはせわしないデートになることが予想される。

 実家に帰省もしたいしけれど出掛ける元気が無いくらい疲れて病んでしまうかも、真梨亜は珍しく悲観的な方向に妄想が膨らんでいけない。


「(真梨亜さん、家族仲も良いから寂しいんだろうなぁ…)」

大輝も当然新生活に不安はあるのだが実家からの通いということでまだ気楽に構えている。

 むしろ自分を追い掛けて入社したのにいきなり引越しする真梨亜に対して申し訳ない気持ちの方が大きかった。

 自分の力の及ぶ範囲で助けてやりたいが物理的な距離はどうにもならず、そして全てを投げ打って支えてあげられる力量と余裕が足りない。

 電話やチャットは頻繁に利用するだろうがそれ以上の触れ合いと安心感を与えられるのは何なのか。

 ネックはやはり転居なのだ、大輝は考えを巡らせて

「結婚して一緒に暮らそうか」

と掻い摘み過ぎた結論で真梨亜の涙を止めた。


「エ」

「あ、説明が足りなかった…仕事を頑張って、お給料に余裕ができたら…結婚して一緒に住もうか」

「結婚、」

「家族は基本一緒に住まわせるって言ってたよ?就職面接でも質問してみたんだ、これだけ全国に店舗があると転勤で離れ離れになることも予想できたから」

 職場結婚の多いムラタでは近年単身赴任を原則禁止とし、家族同居を何より推奨している。

 それは家庭不和に繋がりやすいすれ違いを撲滅させようという意図でもあるのだが、女性側の離職率が上がるのは困る、とか社宅の部屋数の問題、とか本社側の都合もありありのようだ。

「あるいは僕が真梨亜さんの店に異動願いを出すかだけど…新人では叶わないからね、すぐは無理だな」

「待って大輝くん、今の、proposeプロポーズ?」

「あ、そういう訳じゃ無いけど」

「無いんだ」

「然るべき時にきちんとさせてよ、それは」

「きゅん」

潤んだ瞳の真梨亜の脳内でリンゴーンとチャペルの鐘が鳴る。

 いや神社で白無垢しろむくの方が良いのかしら、なんて余計なことまで考えられるほど心に余裕が出来てくる。

「た、大輝くん、あ、あたし、」

「うん」

「弱音吐いてごめんなさい、あたし…頑張る。売って売って…名物社員になって…大輝くんが迎えに来てくれるの待つ!」

「ふふ…相応ふさわしい男になれるよう精進しょうじんするよ」

「あたしも…頑張る…やる気出てきた…」

「良かった」

 乗り換えが近付けば真梨亜は目元を押さえて化粧の浮きを馴染ませて、大輝に目配せしてちゅっと軽くキスを交わした。


 東京で乗り換えて神奈川組は新横浜へ、そこからさらに鈍行で二人は同期たちと共に地元・甕倉カメクラへ入り、しっかり挨拶してからそれぞれ別れた。

 しかしひと駅手前で降りるはずの真梨亜はしれっと大輝の最寄駅まで乗り過ごし、荷物を引く彼の後をつつと追い掛ける。

 そして窓口で乗り越し精算を済ませてから待ち構えていた大輝と合流し…言葉も無くスマートフォンを手に『夕飯は要らないから』とそれぞれ家族へとメッセージを送った。

「行こっか」

「うん」


 そしてその行き先は言わずもがな、二人は門限ギリギリまで柔らかいベッドの上で気持ちを確かめ合い語り合い、抱き貯めとばかりに奮ったのだった。
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