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13章

54きゅん

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 さて時は過ぎて8月夏休み。

 大輝は内々定も貰い余裕があるということでゼミの教授に頼まれてオープンキャンパスの手伝いへと駆り出されていた。

 校内で一番新しい校舎のホールに学部・学科紹介の展示物を陳列して、教室で模擬授業を行ったり実際にパソコンを使って簡単な表を作ったりと、シンプルで実践的なプログラムを企画している。

 大輝がここに呼ばれたのは単純に長机を上げ下ろしする人員が必要だったからなのだが、教授は「学科を売り込め、営業スキルを上げて是非将来に役立てろ」と上手いことを言って引っ張り出していた。

 元よりそんな小細工が無くても頼まれれば快く参加する予定だった大輝はゼミで作ったオリジナルプリントTシャツを着て、高校生を相手にパソコンの基本を教えたり表に立って呼び込みをしたりと交代しつつ昼過ぎまで無事に勤め上げた。


「やっとご飯…コンビニにしようかな…食堂かな…」

 夏休み中は閉まっている食堂もオープンキャンパスということで久々の営業、しかも客引きのために少し豪華な限定メニューが出ると知っているので大輝はワクワクしつつポケットの小銭を確認した。

 食堂に着いてフロアを見渡せばやはり満員御礼。

 食券の券売機にも長蛇の列ができていて、大輝は2階のコンビニにしようかと悩みつつ…しかし時間は貰っているので辛抱して並ぶことにする。

「……」

 地元の高校の制服がほとんどだが見たことのない学校のものもちらほら、男子も女子も春からのキャンパスライフに夢を馳せて皆キラキラと輝いて見えた。

「……えーと、今日は…お、包み焼きハンバーグか」

 これは普段は見たことのないメニュー、食堂も高校生の心を掴もうと手間のかかるものを敢えて低価格で提供してくれる。

 イベント事にこうして現れる特別メニューは美味しそうだし毎回頼んではいるのだが、ことハンバーグにかけては至高の逸品を知っているだけに大輝は大人しく間違いの無い『カツ丼+ミニうどん』のボタンを押した。

 コスト面を考えれば仕方のないことなのだが出来合いの業務用ハンバーグはほとんどが合い挽き肉だ。

 物によっては鶏肉とつなぎの含有量が牛を超えているものだってあったりする。

 カフェ・コンシャで食べたハンバーグの味は4ヶ月経った今でも色褪せずに舌先で再現される。

 やはり過去一番のハンバーグと言ったのは大袈裟などではなかったのだ。


「お願いしまーす」

「はーい、……あれ、今泉いまいずみくん、ハンバーグにしなかったの?」

 顔馴染みの麺類コーナーのおばさまは、食券を受け取りカツ丼用半券を返してくれる。

 大輝は部門外だから良いかと

「はい。僕、ビーフ100パーセントが好きなので」

と混ざり物の多いハンバーグは好みでないと暗に伝えた。

 するとおばさまは

「あら、今日のは牛100よ、赤字覚悟よー」

と腕を伸ばしお椀に入ったうどんをカウンターの台へと置く。

「うそ、すごい頑張りますね」

「そうよぉ、だからこうしていつものメニューで利益を取るわけよ、ふふ」

「それは…学食を舐めてたなぁ」

 うどんを載せたトレーをスライドさせて隣の丼物コーナーへと移動する、渋い顔の大輝へ

「はい、いつもの」

とこれまた馴染みのおばさまがカツ丼を出してくれた。


 食券を買った時点で券売機から厨房へ信号が飛ぶそうだ。

 大輝はいつもこのシステムを便利だなぁと興味深く思い、機械に動かされる人間にも面白みを感じている。

「(機械も便利だけど、最後は人だよね)」

 大輝は3年ここに通ううちにおばさま方に顔を覚えられたのだ。

 もちろん味が良いからここを選ぶのだが彼女たちとのちょっとしたコミニュケーションだってその理由にはなっている。

 ああいうのが営業力なのかな、そうすると自分は顧客に顔を覚えてもらい易くてはかどったりして、ほかほかの湯気の上がる丼を載せて、大輝は席を探した。


「ふー」

運良く団体が立ったのですぐさま座らせてもらい、高校生の若さ溢れる会話を聞き流しながら黙々と食べ進める。

 彼らはこれから楽しいキャンパスライフが待っているのだ、反対に半年後にここを出て行く自分に待っているのは会社員という仄暗ほのぐらいトンネルだ。

 別に過去に戻れたところで柔道に費やした汗まみれの日々が戻って来るだけ、でも今はそれさえも懐かしく青い彼らが羨ましい。

 目的地が決まってそこに行き着くまでのモラトリアム、社会人になればまとまった休日なども無いのだから今のうちに満喫しておこう。

 大輝はあと半月ほど残る夏休みに有り難みを感じて胸が苦しくなった。
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