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6章
28きゅん
しおりを挟む会話が止めば響くのはベッドが軋む音と叫びにも似た男女のくぐもった声、大輝は資料を閉じ荷造りをしていつでも去れるよう鞄に手を掛ける。
「ごめん、お化粧も少し直したいの…急いで支度するね、駆け足で出よう」
「うん、でも焦らなくて良いからね」
「ありがとう…」
真梨亜は扉から離れてドレッサー代わりの勉強机に掛け、メイク用品の入ったバニティバッグのファスナーを開けた。
「(…緊張する…やっぱり喫茶店とかで待ってもらえば良かったんだ…バカ礼央…)」
就活用の薄化粧の上から色を足す、アイホール全体にシルバーをアイラインに黒を、目尻にはカーマイン、そして同じ色のリップを唇へ配置する。
母に似たのか健康的な色の肌には淡い色よりもこうした濃い色彩のものがよく映える…と真梨亜は両親からそのようにお勧めされていた。
「待ってね、もう少しだから」
「大丈夫だよ」
「あっ」
慌てる手がピアスのキャッチを落としてあたふたしてしまう。
コロコロ転がるそれは椅子の脚に当たって跳ね、大輝の足元まで転がり彼に拾われる。
「…これは?」
「pierceの…後ろの…」
「あー、これも僕が付けようか?」
「…付けてくれるの?」
「ごめん、冗談。はい、」
キャッチを手渡そうとするも真梨亜は振り返らない、
「…真梨亜さん、」
と声を掛ければ卓上ミラーには伏し目がちに頬を染める乙女が映っていた。
「言ったんだから…付けてよね」
「え」
「発言責任…」
「………分かった、痛かったらごめんね」
「……」
気持ち肩を下げて左耳を差し出す、背後に恐る恐る近付いて来る大きな男の気配に真梨亜の胸はドクドクと高鳴り生唾が溢れてくる。
「ごめん、こっち触るね」
「う、ん、」
既に挿さっているチタンポストに狙いを定めるも片手ではめられるものではない。
大輝はカーマインの丸いジルコニアが付いた部分を太い指で摘み固定してからキャッチに通した。
なんだか色っぽいシチュエーションだな、しっとりと頸を見せる婦人にアクセサリーを付けてあげるなんて絵画の世界みたいだ…BGM代わりの礼央たちの雄叫びが無ければもっとロマンチックだったに違いない。
「(…AV聴き流してるみたいだな…お盛んで良いね…僕はいまだに童貞だってのに)」
「できそう?」
「うん、はい、できたよ」
「ありがと…なんか…ドキドキした…」
「あの…ごめん、冗談も程々にするよ」
「冗談じゃなくて良いのにぃ……まぁ良いや、荷物持って…忘れ物無い?」
立ち上がりバッグを手に取った真梨亜はスマートフォンやハンカチなどを詰めて膝を払う。
スカートが揺れてそこで初めてワンピースの構造に気付いた大輝は
「うん……それ、レースから内側の布が透けてキレイだね」
と床の鞄を拾った。
「~~っ…そういうの、ちゃんとしたとこで聞きたかったぁ……行こ!」
それはもちろん弟の喘ぎ声が聞こえない場所でということ、真梨亜は口惜しそうに扉を開けて「向かいの部屋、気を付けてね!」とアイコンタクトを飛ばし、礼央の部屋を見ないようにバッグで視界を狭める。
「姉さぁん、行ってらっしゃい」
「うるさいなっ!行ってきます!」
「イマイズミくんもまたねぇ」
「うん、またちゃんと会おうね、お邪魔しました」
やはり開きっぱなしの礼央の部屋からは艶やかな婦人の鳴き声が漏れて、それは自分たちが介入したことにより生じた恥じらいによるものでもあるのかなと大輝は思った。
とすれば女性の恥辱に塗れた姿を見た礼央は大層エクスタシーを感じたのだろう。
「なるほど変態だなぁ」と苦笑して靴を履く。
「大輝くん…結構肝が据わってるのね」
「ん?んー…そうでもないよ、ドキドキしてた」
すぐに脱出しなかったのは動けなかったからでもあるんだ、エレベーターホールまで出れば大輝は大きなため息をひとつ、首をコキコキと鳴らした。
つづく
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