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6章
25きゅん
しおりを挟むしばらく歩いてマンションを上へ上へ、自宅前に着き鍵を挿し込んだ真梨亜はスパイ映画の如く用心深く扉を開く。
「ここなんだけど…待ってね……あ、大丈夫」
「…どうかした?」
「ううん、たまにね、弟が彼女的な人を連れて来てることがあるから」
「的?そっか…なら外で待ってようか」
「良いの、1人みたいだから」
玄関には礼央のスニーカーだけ、女性ものの靴が無いので真梨亜は安心して大輝を中へと通す。
「(よしよし…)」
礼央の部屋の前を通っても特に異音は聞こえて来ない。
ヘッドフォン装着で勉強していることもあるので今日もそうなのか、こちらに気付いた様子は無い。
「………大輝くん、こっち」
「うん、お邪魔します」
「……」
さて自室へ入ってもらったは良いもののこれでは着替えられない。
そのことに気付いた彼女は今さら「やっぱり出てて」とも言えず固まってしまった。
ルームフレグランスは置いているが本日の真梨亜は大輝と過ごせる高揚感でなかなかに汗をかいている。
乙女心に「汗ジミを見られたくない」「汗臭いと思われたくない」ととりあえずジャケットを脱ぐことすら躊躇われる。
クローゼットを開けて着替えを取り、手をグーパー動かし持て余している真梨亜を見かねて大輝は
「出ようか、着替えるよね」
と気を回した。
「え、いいの、あの、」
「エントランスで待つよ。年頃のお嬢さんの家に勝手に上がり込んでるのも悪いし」
「……隣の部屋で…いや、あたしが他の部屋で着替えて来るから、大輝くんはここで待ってて!」
「うん…?」
弟が居なければリビングで待っていても良いだろうが、礼央のことだから気配を察知して大輝の値踏みをしに来るかもしれない。
真梨亜は静かに扉を開閉して脱衣所へと逃げる。
「(何もかもが後手後手なのよ…しっかりしなきゃ…)」
ジャケットを脱げば胸の先に照り焼きソース、もう少し姿勢が良ければ付かなかったか、それとも胸が小さければテーブルに落ちていたか。
考えても詮無いことだがこのような汚し方をしてしまったことが真梨亜は恥ずかしかった。
「(おっちょこちょい…子供じゃあるまいし…こんなんで大輝くんの隣…恥かかせちゃった…)」
女性は装飾性が高くパートナーを彩る華、そう教育された訳でも無いが真梨亜はその認識を以って本日大輝の隣へ立っていた。
カップルはふたりでひとつ、互いを引き立て合う姿で居るべき…と思ったのに朝からスーツを駄目にしたしブラウスもこうだし、よく見れば脇に汗ジミはできているしでガッカリする。
「(挽回しなきゃ…)」
彼女がクローゼットから持ち出したのは両親の友人のウエディングパーティー用に誂えてもらったフレアのワンピースドレス、真っ黒で長袖の部分だけ花模様のレース編み、身頃もサテンに同様のレースを重ねてあり膝丈の裾は動くとレースが光に透けて大人っぽい。
レースのハイネックで敢えて胸を出さずボディーラインが分かりにくいもの、これを選んだのは父だったが真梨亜はそのセンスは嫌いじゃないし大輝に対してもこの線が有効だと思っていた。
紳士な彼は胸元を強調すれば遠慮して顔すら見てくれないかも、実際には大輝は未経験なので萎縮するだけなのだが結果として同じことなので真梨亜のこの作戦は妙策であった。
「っと、下着も」
『お洒落はlingerieから』とは母の有難い言葉、真梨亜は滅多にしないシームレスタイプのブラジャーとタンガショーツを脱衣所の箪笥から出して身に着ける。
昼間に着けていたのもスカートに響きにくいものではあったが、私服ならばさらにパンティーラインを見せたくないと尻を覆う布面積を多めに削った。
「(見せる訳でもないのにね……無い、よね?)」
ドレスアップした自分に魅せられてとんとん拍子にホテルまで行ったりして?大輝に限ってそれは無いか、彼のことを少し分かってきた真梨亜はするんとワンピースを着て「あ」と呟く。
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