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11章

46きゅん

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 6月…大学生の新卒採用の選考がいよいよ解禁された。

 各社がサイトに情報をアップ、一次選考の日時が次々と更新されて学生たちの心をはやらせていく。

 大輝たいきは家電小売店のムラタを第一希望にして同業種をあと2社、家電メーカーの営業職なども候補に決めた。

 大学で勉強したことを活かしつつ人と関わる仕事がしたく、そして一般客にというよりは企業向けの営業など楽しそうでやってみたいと考えている。

 真梨亜まりあもそれを聞いて同業種をピックアップ、さらに地元の観光ホテルなども候補に入れて動き出した。





 上旬、第一次選考の筆記試験…二人は難なく通過して、通知メールを貰ったその足で駅に近いファミレスへと出向きささやかなお祝いをした。

「まだこれからなのにね」

「いいじゃん、次は面接かな」

「明日くらいに通知来るかな……真梨亜さん、緊張する?」

「うん…あの、たぶん集団面接でしょ?あたし…その、目立つから…たぶん緊張しちゃう」

活動的な真梨亜にあっても物事の初めは大体そうなのだ。

 文字通り異色な彼女には視線が集まり易いし、まず最初に日本語が話せるかどうかの確認作業が行われる。

 「Can you speak Japanese?」とそれっぽい発音で尋ねられて「話せます」と流暢りゅうちょうに答え角が立つこともしばしばだ。

 履歴書やエントリーシートは手書き日本語なのでその辺りスムーズだとは思うが…なんにしても他の学生より印象に残り易いことは間違いないだろう。

「同じ日程なら一緒に居てあげられるんだけどな」

「うん…大輝くん、あの、あ、後で…その、」

「またヒゲ触る?どうぞ」

「う、うん…ごめんね、あの、変態みたいで、違うの、その……あ、安心、するの…」

 最近のデートでは真梨亜は大輝の顎髭あごひげを頻繁に触るようになっており、朝と昼と夕方で変わるその触感にニコニコと目尻を下げている。

 これはただのスキンシップと思いきやそれだけではなくて、ショリショリ触っていると不思議と心が落ち着いて彼女の顔つきも穏やかになっていくのだ。

 初めこそこうして恥ずかしそうにお願いするものの、その日の最後くらいになると何も言わずペットを愛でるように短毛が倒れる感触を手の平と指全体で笑いながら味わっている。

「真梨亜さんのお父さんみたいかな」

「そうなのかな…」

確かに父・ティツィアーノも白髪混じりの髭を蓄えかつ無精に見えるように整えてダンディーさを演出している。

 大輝のそれと質は違えど親しみや頼もしさを感じるのは刷り込まれた本能みたいなものなのかもしれない。

「……(くすぐったいな)」

 頬や顎を触るのは手を繋ぐよりもっと性的な感じが匂って、大輝たいきはこうもペタペタ撫でられると興奮せんこともない。

 きっと真梨亜まりあはそんなことはちっとも感じてないだろうし口にすれば意識してこの癒しタイムが取れなくなってしまう。

 大輝としても真梨亜の心身が健康であることは望むべきこと、そして何にせよ自分が求められていることは喜ばしいことだった。

 まるで赤ちゃんから見た母親の視界だな、うっとりはにかみながら優しく手を動かすその慈愛に満ちた顔はまさに聖母マリアといったところで。

 大輝はマリア像なんて見たことは無いけれど、鼻息を最小限に抑えつつ彼女が納得するまでじぃと大人しく待った。


「ふー…ありがとう、元気貰っちゃった」

「いいよ、こんなの安いもんだよ」

「就活が終わったら…何かお礼させてね」

 大輝の体温が僅かに移ったその手で彼の手をぎゅっと握れば持ち主は

「うん?うん…」

うなずく。

 秋か、冬か、その頃には二人は正式なカップルになっていると信じて、真梨亜は愛しい大きな手の甲にちゅっと唇を付ける。

「ぅわあっ⁉︎」

「…失礼なreactionリアクションね」

「ごめん、だって」

ここへのkissキスは尊敬と敬愛よ、お礼…じゃないけど、その…好きって、こと…憶えてて、あたし、大輝くんが好きよ、いつも助けてもらってる」

「それはありがとうだけど…わざわざこんな」

「…ドキドキしちゃったの、ごめんね!」

ファミレスの一角でこんなラブシーンはやはりはしたなかったか、真梨亜は真っ赤な顔でグラスを掴みドリンクバーへと席を立った。

「…参ったなぁ…」

就活に真梨亜に卒論にと考えることが沢山だ、大輝は紙のおしぼりで火照った顔表面を冷やしてからコーラの入ったグラスを一気に空にする。
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