上 下
1 / 93
1章

1きゅん

しおりを挟む


 就職活動に関する情報が解禁された大学3年生の春休み…今泉いまいずみ大輝たいきは入学式に着て以来仕舞ってあったリクルートスーツを身に纏い、市内の大型体育館へと足を踏み入れていた。

 本日ここで行われるのは地元を含め全国展開の大手企業も参加する合同説明会で、選考開始までに少しでも情報を仕入れようと馳せ参じた次第である。

 候補に入れているのはコンピュータ関係か建築辺り、しかしこのご時世だから正規雇用であれば何でも良いかな、などとまだ気軽に構えていた。


「(コンピュータ開発…販売…飛び込み営業は難しそうだな…量販店なら僕でも…うーん)」

 大輝は正直言ってイケメンではない。

 それどころか世代ひと昔前の、よく言われるのは『昭和顔』…つまりは古臭いというか今の価値観で測るところのダサい顔つきをしているらしい。

 太い眉にのっぺりした一重の目、剛毛の短髪で髭も濃い。

 柔道を嗜んでいたのでがっちりしているし身長も177センチで高めなのだが、体に対して顔が大きいというか、頭身バランスがなんだかキャラクターチックなのだ。

 性格は明るく友人も多くて、しかしできればオフィスや工場で製品と向き合うような手堅い仕事が良いな、と漠然と考えている。


「(ムラタ…家電屋かぁ…売るんならパソコン専門店とどっちがいいかな…ん?)」

「…!…、……、どういうつもり?学生だからってこういう時はきちんとして来るのが礼儀でしょう」

 大輝が家電小売大手ムラタのブースへ歩いていると、横から甲高い女性の声が聞こえて来た。

 声の主はとある企業の従業員だろうスーツのミセスで、話し相手は同じく女性…彼と同じく説明会を聞きに来たであろう女学生である。


 彼女の髪色は明るいミルクティー色、なるほどそれを指されてるのかと小さくなった背中につい目を奪われた。

「(派手な学生が叱られてるのかな…ここまで金髪じゃないにしても似たような人はたくさん居るのに…態度が悪いのかな?)」

 くどくどと社会人の何たるかを説かれる女学生は俯いてコクコクと頷いて、可哀想に行き交いする者が皆好奇の目で眺めては止めもせずに過ぎて行く。

「……」

 人が怒られているのは見ていて気分の良いものではない。

 大輝は余計なお世話と思いながらも、仲裁に入ろうと決めてミセスと女学生の間へ片手を差し入れた。

「あのー、ここら辺でやめませんか。そちらのブースの方々も開始を待ってるみたいですし」

「なんなんです、貴方…この方のお友達?」
 
 ミセスは大柄な大輝の登場に少し圧倒されたようだったが怯まず、パイプ椅子に掛ける学生たちもこちらを心配そうに見つめるばかりだ。

 誰も止めないところを見るとこの女学生が叱られて当たり前の悪事を働いたのだろうか。

 けど勘違いでもいいやと大輝は己の正義を信じてミセスを丸め込む。

「え、あー…はい、そんな感じです。何をしたのか知りませんけど、そんなに怒らなくてもね、あのー、」

 女学生の方へ振り返るも顔を伏せたままで表情は見えない。

 耳の上に白い紐が見えるからマスクを着けているのだろう。

 体調が悪いのかもしれない、もしかして泣いているのかな、大輝は彼女の手を引いて

「あの、とにかくすみませんでした‼︎」

とロビーへ退避した。

 小さな手、大輝と比べればそれは当然なのだが細くて体温が低くて、僅かだが震えている。

 大股で歩く大輝に女学生はパンプスの脚でついて来て、自動販売機の前で止まった時には少し息が切れているようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜アソコ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートつめあわせ♡

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...