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 あの騒動から数年後。

 二人きりの新婚生活を楽しんだ葉山はやま太獅たいし・マリ夫妻は現在は夫の実家に戻っている。


「ただいまぁー、弁当買うて帰ったよー、たいちゃん?太………は?」

同居の父と母は仲良く出掛け、珍しく土曜日にも関わらず休みのマリは、外出から帰ったリビングでとあるモノを見つけて立ちすくんだ。

「あ、おかえり、今日はどう」

「太ちゃん………何やの、コレ?」

「ん?なん……あ!」

2階からパタパタと駆け下りてきた太獅の顔は血色がよく無用に艶々としていたが、マリが指差した先のモノを目にするとサァと蒼白に変わる。

「あ、あー‼︎」

「うるさ」

「あ、ちゃう、ちゃうよマリちゃん、浮気とかちゃう、あの、」

「落ち着きぃな」

 家中に響く大声で太獅は叫び、言い訳をり出し、思わず掴んだ証拠品…スキンの空袋を手の中でグシャと握りつぶした。

「ちゃうねん、これ、あのー…」

「誰が使うたん?」

 泥棒が侵入して局部を露出しスキンをはめるなどということはあるまい。

 だいたい留守ではなく太獅が在宅していたのだし。

「俺、やけど…、その、」

「誰と使うたん?」

「い、言われへん…」

 ははぁ、女泥棒の線も無くはないか、しかし室内に荒らされた様子も無ければ足跡なども付いていない。

「はぁ?やっぱ浮気やんか……あんた、よぉも家で…」

「ちゃうねんて、」

「お義母さんに言うたろか?」

 マリがすちゃっとスマートフォンを構えると、合掌した太獅が腰を屈めて

「やめて、ほんまに、あのー……分かった、言う、言うから…座って、マリちゃん…」

と妻を先にダイニングの椅子へ掛けさせた。


「あのー、どう言うたらええんやろか…」

「ハッキリ言うて?」

ナンパか?出会い系か?太獅の白状は何度も聞いたしその度に呆れたり怒ったりしてきたが、久方ぶりの奴の慌てふためく姿は痛快どころか虫唾むしずが走るほどに憎らしかった。

「まず、誰とや?」

「マリちゃん、相手はおれへんねん、」

太獅はマリの横に立ち、上司の席でお叱りを受ける部下の様に、手を前で握ってゆっくりと話す。

「はぁ?オナニーすんのにわざわざゴム使うんか?」

「マリちゃん…声デカい…」

「白状しぃや、事と次第によっては離婚やぞ」

 怒れる上司がバンとテーブルを叩けば、太獅の肩はビクと跳ねて

「待って、もー…」

と頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「なんやの?言われへんような人と浮気してんの?」

「ちゃうて、ひ、引くからや…絶対…」

「怒られるんは慣れてるやろ、さっさと言わな実家帰んで」

「待ちぃて、はぁー……あの、な、どうしよ…あー、」


 太獅はスマートフォンを取り出して操作し、ショッピングアプリを開く。

 目の前でするものだから証拠隠滅でないことは明らか、マリも腰掛けた状態で画面を覗いた。

「実物は洗って片付けてるから…ここな、購入履歴……はぁ…マジで、引くで、ほんま…」

「なに………ぅゎ、」

 渡されたスマートフォンの画面に先週の日付で表示されたそれはラブグッズ…いわゆる大人のオモチャで、「配送済み」になったその商品は男性用の自慰行為サポートグッズであった。

 女性器を模したペールオレンジのシリコンの塊、パッケージはアニメキャラの様な可愛らしい女性のイメージイラストが描かれている。


「太ちゃん…」

「引いたやろ、もう…あーー!あーー!」

「オナホール…ってやつ?なんや……早よ言ってや…要らん心配したやんか」

 AVやオナニーを浮気と呼ぶほど心の狭い女ではない。

 マリはテーブルへ太獅のスマートフォンを置いて「そんなことか」と胸を撫で下ろした。

「こんなん…健康な成人男子が…嫁もおる大人が…こんなん買うて使うてんの恥ずかしいやんか…」

秘密の買い物を披露した太獅はいつになく顔を真っ赤にして再び頭を抱える。

「あんたの『恥ずかしい』の観念が私はよう分かれへんけど…ええやん、これは浮気ちゃうし…ちゃんとゴム着けたんや、紳士やんか…プフっ」

「笑いなやもう…恥ずい…」

太獅はやっと立ち上がり、手の中で潰れたスキンの袋を更に小さく小さく丸めて台所のゴミ箱へ投げ入れた。

「でもやっぱイかれへんかってん…結局最後は手ぇで抜いたわ…」

「んー、ごめんごめん…せっかくスッキリしたのに冷めさせてもうて悪かったわ…私ができひんから、溜まってんねんな、ごめんな、」


 予想外の妻の謝罪にぎょっと太獅は駆け寄ってひざまずき、

「あ、謝んなって…しゃーないやんか……今は」

と椅子に掛けるマリの、そのふっくらとした腹を優しく撫でた。


 マリはふふと笑って、

「うん……あ、太ちゃん、今日の分、見て…」

と背もたれに掛けたバッグから母子手帳と先程の検診で撮ったエコー写真を夫へ見せる。

「……ここ、ほら…タマタマが写ってる」

「お……ほんまや…男の子か、やんちゃになんぞ、大変やなぁ」

性別はおそらく男、太獅は自身の活発だった幼少期を思い出して目尻を下げた。

「ふふッ……太ちゃん、安定期入ったからさ、ぼちぼち…シてもええよ?」

「!マリちゃん…あ、でも大丈夫なんか?」

「ゆっくりなら大丈夫やで?ネットとかでも調べてみて、」

安定期で夫婦の営み解禁、太獅は今しがたスッキリしたばかりだというのにヘソの下がメラメラと熱くなる。

「分かった、うん…あ、ゴムがあれへん!さっき使うたのが最後や、ちょい買うてくるわ!先に昼飯食うとって、」

「はぁ、気ぃつけてなー………ふふっ♡」
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