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episode:9…救世主
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しおりを挟む5月末の土曜日…カンカンと外階段を駆け上がる数人分の煩い音がして気に障った。
そうしたらその足音は私の部屋の前で止まる。
「…ちゃん、珠ちゃん!」
「(…篤人…?)」
「開けて、珠ちゃん‼︎」
玄関の向こうから叫ぶのは必死な篤人の声。
何時間寝たのか分からないがよろよろ起きて、キーチェーンを外しシリンダーを回せば勢いよく扉が開いて久々の外光が角膜に眩しく沁みた。
篤人の向こうには管理人さんが不安そうに覗いていて、はて男子禁制なのに篤人が入って良いのだろうかと疑問がふんわり浮かぶ。
「篤人、おはよ…」
「おはようじゃないよ!既読付かないし電話にも出ないと思ったら不通になってる、スマホ電源落ちてるんじゃない?……何これ…ゴミ屋敷じゃんか…珠ちゃん、顔色悪い。生きてる?入るよ、良いね?」
ずかずか入って来た篤人は鼻を摘みながら換気扇を回して失礼にも「おえっ」とえづいた。
「うん…」
「しばらくメッセージにもスタンプしか返さないしおかしいと思ったら…あーあ、これいつの食器?もう…珠ちゃんは座ってて!」
「ハイ」
仕送りの保存食でなんとか食い繋いでいたが部屋にはそれらのゴミが散乱して見るも無惨な状態、私はその中で平然と生存していたらしい。
らしい、とは他人事だが本当にそんな感じ、我が身に起こっていることなのにどうも実感が湧かない。
脱ぎ散らかされた服、食品のパッケージ、底に数センチ残るだけのペットボトル、何かを拭いた後の丸めたティッシュ。
全て私が散らかしたのだ、けれど数日間の記憶・意識が無い。
「すみません、これ片付けて行っても良いですか?ちょっと病んでるみたいで」
篤人は洒落た上着を脱ぎ、「終わったら管理人室に寄りますから」と学生証を渡して管理人さんに下がってもらった。
「最悪の事態かもって入れてもらったんだ。管理人さんも心配してたよ…しばらく家から出るとこを見てないって言ってた」
「……出てるよ」
「嘘、そんな格好で学校も行けないでしょ。服はヨレヨレだわ頭はボサボサ。目の下のクマ、凄いよ…ギリギリ生きてる感じじゃん…もっと早く来れば良かった…ボクもそれなりに忙しいから…もう…あぁ、ゴキブリのフンだ…ボクより先に虫と同棲なんかするんじゃないよまったく…」
奴は簡単に私の嘘を見抜いて小言を垂れて、でも少し安堵した様子だった。
篤人は転がっていたビニール袋に菓子の包装紙やカップ麺の空き容器をポイポイと投げ込んで、汁気で汚れたフローリングを見て「うわぁ」とドン引きする。
「……学校…行った気になってる」
「妄想まで始まったの?今日が何日か分かる?もう5月も終わりだよ、返事が来るから生存確認だけは出来てたけど…こんなになってるとはね…きちんと食べてないね?それとも吐いてる?すごく窶れてるよ」
「…腹は減るんだけど、食べ物、気持ち悪くて…」
「うん、お風呂入っておいで。髪が臭い」
「…はい」
掃き出し窓を全開にしたら少し湿っぽい風が入って開放した玄関から抜けて行く。
暗くて澱んでいた空気が一気に入れ替わったけれど私の心までは晴れない。
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