あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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一体なんの冗談だ

一体なんの冗談だ22

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「煙草が美味しい場所かな」
 そう答えた類沢は、こちらを向いてにこりと笑った。

 ドアを開けて、土の上に足をそっと下ろす。
 すっと肺に流れる新鮮な空気。
 わずかな風に波みたいに揺れる木々。
 開けた視界からは、東京の街並みが遠くまで見渡せる。
「すっご……」
 先に降りた類沢が、景色を眺めて煙草を吸っている。
 その後姿が妙に画になっていて、カメラがあったら撮るだろうなと思ってしまった。
 細くて長い足。
 光を浴びて紫を帯びる髪。
 ポケットに片手を入れて立っているだけで、なぜこんなにも魅入られるんだろう。
「瑞希、こっちおいで」
 早足で隣に行くと、ちょうど雲の海から太陽が上がってくるところだった。
 オレンジの淡い半円が少しずつ大きくなる。
「わあ……」
 海辺で見るのも好きだし、山頂で見た日の出は凄かった。
 けど、都会で見るのもまた違う美しさがある。
 太陽と共に光り始めるビル群。
 鏡みたいにガラスや屋根に乱反射して、宝石箱を開いていくような幻想風景。
 闇だった路地に新たに道が出来ていく。
 コンクリートが姿を現し、車が走り出す音がする。
「類沢さんの秘密基地ですか」
 夢心地に東京を眺める。
「そうだね。アフターで来たことはあるけど」
「お客さんとですか……」
「でもこの朝日を見たのは瑞希が初めてかな。大抵夜景を見に来るからね、女性とは」
 一瞬曇った心が浮き立つ。
「なんか、嬉しいです」
 この光景を見たのは、俺が初めてなんだ。
 緩む口を押えて、並んで立つ。
 朝の香りと煙草の香りが混ざる。
 でも決して不快じゃなくて。
 外にいるのに、なんだか類沢さんの家にいるときみたいな落ち着きがあって。
 俺は夢の不安が薄れているのに気付いた。
「元気、出ました」
「そう」
 白い息を吐く。
「ありがとうございました」
 段々と暖かくなる空気。
 もうすぐ街が目覚める。
「どういたしまして」
 もう、行こうかの響きを含ませて、類沢はそう言った。

 
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