あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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一体なんの冗談だ

一体なんの冗談だ21

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 早朝に開いている店もない。
 俺は車の助手席でどこに行くのかぼーっと考える。
 そもそもあの睡眠時間の少なさで安全運転できるのだろうか。
 そんな不安も馬鹿らしいほどに、車は誰もいない道路を心地好く駆ける。
「類沢さん、信号無視ですよ」
 赤信号の下を抜ける。
 もちろん、対向車も横切る車もいない。
「大丈夫。万が一があっても逃げ切れるから」
「普通万が一って事故とかの方ですけど。警察から逃げる気満々ですね」
 欠伸を噛み殺して、ハンドルを切る類沢の横顔を見る。
 店に行く時とは違って、化粧もしていないしスーツでもない。
 かといって家でゆったりするスタイルでもない。
 黒いシャツにスキニーパンツ。
 髪も上目にまとめただけ。
 横髪が少し垂れているのに目が引かれる。
 朝日が差し込み、薄いグラデーションのサングラスをかける。
「なんか、あれですね」
「ナニ」
「絶対喧嘩売ったらいけない感じに見えますね」
「あはははっ。なら、ホストの僕になら喧嘩売れるの?」
「無理ですけど」
 笑いながら窓を開ける。
 涼しい朝の風が吹き込んで、俺は深く息を吸った。
 うん。
 気持ちいい。
 頭の、髪の毛の先までさっぱりする気がする。
 眼を瞑って外に向かい、小さく声を出す。
 扇風機にやるみたいに。
「あー……」
 類沢がふっと笑う。
 子供っぽかったかと口を閉じる。
 しかし、予想外にも類沢が真似をして声を出した。
 つい振り向いてしまう。
「気持ち良いよね。早朝の感じってさ」
 風に髪が靡く。
 サングラスの隙間から覗く眼が穏やかに揺れる。
 太陽の光を反射して。
 なんでこんなにきらきら光るんだろ。
 影と光の混ざった蒼い瞳。
「あのさ……」
 右手で半笑いを押さえながら類沢が云う。
「集中できないんだけど」
「なにがですかっ?」
 つい自分の体を見下ろす。
 別にどこも変なところはないと思うが。
「いや。そうじゃなくてさ」
「あっ。窓閉めますか」
「開けたの僕だし」
「ですよね……」
 その後も笑みが消えない類沢にどぎまぎしつつ、シートで小さくなる。
 まだ家を出て二十分なんて、なにかの冗談のようだ。
「どこに向かってるんですか」
 俺は間を持たせるように尋ねる。
 ゴーッと音を立てながら、車は坂道を上る。

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