あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

文字の大きさ
上 下
133 / 137
一体なんの冗談だ

一体なんの冗談だ20

しおりを挟む
 たった一人の麻那という存在が、こんなにも類沢の中で大きいのは、彼だけじゃなくて街を揺り動かすことになるんじゃないかって。
 会いたい。
 その願いは単純で理屈的。
 でも、叶えられてはいけない気がする。
 俺はそっと目を閉じた。
 幼い類沢を抱きしめる女性が脳裏にはっきり現れる。
 明るい陽射しの仲、秘密の花壇で。
 太陽の光を浴びて微笑んで語り合う。
 ふと、彼が離れた時。
 俺の方を見た彼女は、こう言った気がした。

 その場所は、貴方にふさわしいのかしら。

 急いで眼を開ける。
「瑞希、大丈夫?」
 俺は汗をかいて横たわっていた。
 カーテンの隙間から陽光が差し込み、いつの間にか起き上った類沢が心配そうに髪を掻き分けてくれる。
「俺……寝てました?」
 夢という感覚とは違った。
 もっと、こう、現実味があった。
「二時間くらいね。悪夢でも見てるんじゃないかって苦しい顔してたよ」
 彼女の声が、今も耳にこびりついている。
「あ……うなされてました? 迷惑かけてすみません」
 サイドテーブルに置いてあった冷水の入ったグラスを渡される。
 ひんやりとした感触に意識が鮮明になってくる。
 それから、彼女の姿が薄れる。
 ゆっくりと水を飲み下し、深呼吸をした。
「寝る前にあんな話したからかな」
「ち、違いますっ! 俺が勝手に考えすぎたから」
 そうだ。
 なんでだってくらいに。
 ぐるぐる。
 俺がここにいる理由を考えてた時以上に。
 混乱と、眩暈。
 パンッ。
 目の前で合わさった掌に瞬きをする。
「考えるなって言ったよね」
 手を叩いたらしい。
 類沢は真剣な眼をしていた。
「はい……すみません」
 それでも曇った顔のままの俺を見下ろす。
 ため息一つ。
「店が開くまでまだあるから、ドライブでもしよう」
「えっ」
 尋ね返す前に、もうリビングに背中は消えて行った。
「気……遣わせてどうする。俺」
 口に手を当てて、ボフンとベッドにうずくまる。
 でも、起きなきゃ。
 またうだうだ考えてしまう。
 俺は五時を示す時計を眺めて立ち上がった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...