あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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一体なんの冗談だ

一体なんの冗談だ19

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 言い終える前に俺は類沢の胸元にいた。
 背中を抱きしめられて。
 一瞬のことで、俺は自分がどこにいるのか把握するのに随分かかった。
「る、類沢さん?」
「逃げれるものなら逃げてみて」
 耳元で挑発的に囁かれ、かあっと顔に熱が上がる。
「ふざけてるんですかっ」
 なんとか動こうとするものの、身を捩じらせるしかできない。
 シーツに足を取られ、腕は固定されてるから大した抵抗にならない。
 それもすぐに動きを止める。
 だって、笑ってないから。
 類沢さんが、笑ってないから。
 どちらかといえば、泣きそうな儚さを漂わせていたから。
 俺は体から力を抜いた。
「……俺でよければ、抱き枕になりますよ」
 小声でしかいえない。
 こんな恥ずかしいこと。
 俺を抱く腕が震える。
 顔を上げると、店では見られない笑みがあった。
「笑いすぎです」
「本当に瑞希って癒してくれるよね」
「俺は別に癒す気なんてないですけど」
「くくっ、そうだね」
 なんだろう。
 この温かさ。
 成人した大人二人がベッドの上でクスクス笑って。
 呆れるけど、安心する。
「もしもですよ」
 俺はつい口を突いて尋ねてしまった。
「麻那さんが現れたら、どうするんですか」
 ああ、ほら。
 また空気が重くなるのに。
 俺はすぐに後悔しながら返事を待つ。
「それはホストのこと? それとも……瑞希のこと?」
 瞬きが出来ずに固まる。
「……え?」
 類沢の顔がすぐ近くにあって、眼を逸らせなくなる。
「それは勿論」
 そこから先が、詰まった。
 だって、どっちを訊きたかったのかわからなくなったから。
 それに、答えはそう変わらない気もした。
 ぐるぐると悩む俺の頭をぐいっと引き寄せ、抱き留める。
「瑞希が悩むことじゃないよ」
 頭の上から注がれた言葉は、足先まで浸透した。
 俺が悩むことじゃない。
 でも、その日は?
 意外に近いんじゃないのか。
 俺は根拠のない予感にざわついた。
 篠田チーフの顔が浮かぶ。
 その時、二人は?
 シエラは?
 オペラは?
 歌舞伎町は?
 一体、どうなってしまうんだろう。

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